ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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矢抜神社。[太田市新田中江田町]

例幣使街道に面して「一之鳥居」が建っています。
in 太田市。


矢抜神社。[太田市新田中江田町]

一之鳥居を過ぎると社殿まで一直線の参道。


矢抜神社。[太田市新田中江田町]

太田市にある「矢抜神社」であります。
こちら朱色をした「二之鳥居」。


矢抜神社。[太田市新田中江田町]

そして「拝殿」。


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川俣宿の歴史。[邑楽郡明和町]

邑楽用水路沿いにある川俣事件の碑。
ここから真っすぐ、利根川に向かう1本道が
かつての「川俣宿」になります。


川俣宿の歴史。[邑楽郡明和町]

案内板がありました★


=== 案内板より ===
富士見の渡しと日光脇往還
川俣宿の歴史

川俣集落は、旧日光脇往還(現在の旧122号線)を挟んで、
両側に家並みが密集して形成されているが、これは江戸時代に宿場
(旅人の宿泊設備、荷物の運搬に要する人馬などを継ぎ立てる設備のある所)
であった名残である。
江戸時代には、利根川沿いに渡船場も船着場も存在し、日光脇往還の重要な
宿駅としてのみならず、利根川の渡津、利根川水運の河岸としても栄えた。


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川俣事件衝突の地。[邑楽郡明和町]

「邑楽郡明和町」です。
以前訪れたことのある「川俣関所跡」。
利根川を挟んで向かい側にあるのがこちらです。
川俣事件衝突の地」の標識。

足尾銅山鉱毒問題の中で、
農民と警官が衝突してしまった事件のあった場所であります。


=== 案内より ===
川俣事件衝突の地
足尾銅山の鉱毒に苦しめられた渡良瀬川流域の農民は、
明治33年2月13日、鉱業停止を求め東京へ向かうが、その途中、
この地(橋付近)で警官隊と衝突した。
これが、川俣事件である。

当時の佐貫村長や村民は、負傷した農民を真如院にて
手厚く介護したということである。
云々。。。


そしてもうひとつ。同じ場所に建つこちら、
川俣事件記念碑」であります。


=== 案内碑より ===
川俣事件記念碑
川俣事件は足尾鉱毒問題の中で最も大きな事件である。
明治の中頃 渡良瀬川の上流足尾銅山から流出する鉱毒によって
中下流域は農作物や魚類に甚大な被害を受けた
生活を脅かされた農民たちは 銅山の鉱業停止や補償を求めて
再度にわたり大挙上京請願(押出し)を決行したがその成果はなかった


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伊香保神社。[伊香保温泉]

温泉の朝は早いっ(笑
伊香保の石段街を上りきったところに
伊香保神社」があります。

朝一番のお参りを済ませて。。。


伊香保神社。[伊香保温泉]

こちらは境内にある石碑です。
芭蕉さんの句碑ですネ♪


=== 案内板より ===
芭蕉の句碑

初時雨 猿毛小蓑越 不し気南梨 芭蕉翁


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本郷古墳。[足利市]

前回の「愛宕神社」から程なくです。
本郷古墳」にやって参りました。

周りを住宅に囲まれていて、どこから入ったら良いのかな?(汗、、、
で、ようやく接近 (=゚ω゚)ノ


本郷古墳。[足利市]

古墳への入口に案内がありましたっ♪


=== 案内板より ===
本郷古墳(ほんごうこふん)
およそ1400年から1300年前頃に造られた、
この地区の力のある立派な人のお墓と思われる。

その頃この辺は本郷と呼ばれ、中心となるところで
あったといわれている。

●時代 7世紀
●形状 円墳
●規模
面積530㎡、周囲78.2m、高さ3m
云々。。。


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