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城下町 小幡 甘楽町 3

中小路沿いにある「食い違い郭・くいちがいくるわ」。
S字クランクのようなものですね。

=== 案内板より ===
食い違い郭
旧陣屋内の中小路に面して造られた「食い違い郭」。
戦の時の防衛上のために造られたものとみられます。
また、下級武士が上級武士に出会うのを避けるため
隠れたともいわれています。

階級は絶対でしょうから。
道路ですれ違うのも大変だったのでしょう、当時。

城下町 小幡 甘楽町 8

こちらは中小路からちょいとはなれた所にありました。
武家屋敷「松浦家」。
「主屋」と「庭園」ですね。

城下町 小幡 甘楽町 7

===
旧小幡藩武家屋敷 松浦氏屋敷
〜前略〜
建造年代は江戸時代後期の18世紀末から19世紀初期頃とみられ
建築当初は台所(土間)の西側に板の間・中の間・奥の間の三室を
配置する間取りと考えられている。
庭園は、屋敷の南側に位置し、東から西側に
穏やかに傾斜する地形を巧みに利用して造られ、
中央部に湾曲させた小堰を流している。
この庭園の特色は、南から西方向に見える山並みを借景とし、
より一層庭園美を盛り上げる造り方をしている。
云々。。。

城下町 小幡 甘楽町 9

そしてまた中小路にもどりまして。
武家屋敷「高橋家」。
ここのお屋敷はとても保存状態が良いようで
かなりの雰囲気をかもし出していました。

===
江戸時代の武家屋敷「高橋家」
勘定奉行の役宅跡で、小幡の武家屋敷の中でも
昔の様子を最も残しているのが高橋家の庭園と屋敷です。
云々。。。

城下町 小幡 甘楽町 5

綺麗にされている庭園です。
勘定奉行の方がお住まいされていたんですねー。

城下町 小幡 甘楽町 4

この場所にお武家さんたちがいらっしゃったんですから。
なんとも不思議な感覚を憶えます〜。

近くには「大奥」のお屋敷と庭園もありました。
幕末にペリーがやってきた時、江戸の大奥を15〜6人、
小幡藩のこの家に疎開させたと、案内に記されていました。
やるなぁ〜★

8代も続いた織田の小幡藩。
現在10年がかりで整備中の「楽山園・江戸時代初期の池泉回遊様式」が
観れなかったのは残念だけど、
なかなか良い刺激になりました。
いいね、こんな風景。

また来よう、城下町・小幡。。。

以前の記事はこちらから。
織田家の足跡 その1  甘楽町★雄川堰
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