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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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群馬県甘楽町の小幡は城下町として知られています。
戦国動乱の時代に、武田信玄の軍門に加入し、
「赤備え・あかぞなえ」で活躍した小幡氏。
(赤備えとは武具を朱塗りにした無敵の軍団!井伊の赤備えが有名でしょうか。)
武田氏が倒れ、またその後徳川の時代になると
真田氏を頼って信州へ移動してしまいます。

幾度かの領主の交代の後、
次に小幡の地にやってきたのがなんと、
織田信長の次男・織田信雄(のぶかつ)。
小幡織田氏はこのあと8代続くそうです。
そして小幡陣屋が築かれ背景が整っていきます。。。

城下町 小幡 甘楽町 1

「雄川堰・おがわぜき」。
生活に欠かせなかったろう、用水路ですね。
約400年前、小幡に陣屋を築いたときに
整備されたものだそう。

城下町 小幡 甘楽町 2

この用水の辺りは、桜の木や古い家並みが続いていて、
今でも良い景観を残しています。

雄川堰から「大手門跡」を左にみて
途中左折。武家屋敷方面へ移動しましょう。。。

城下町 小幡 甘楽町 6

「江戸時代の陣屋見取り図」。

=== 案内板より ===
中小路(なかこうじ)
大手門から小幡藩邸までの約700mの間の道路で、
織田氏によって造られました。
道路の幅は往時は13mから14mありました。
車のない時代にこのような広い道路をつくったのは
大変珍しいといわれ、織田氏の格式の高さがうかがわれます。
云々。。。

武家屋敷、石垣がならび
とても雰囲気のある場所でした。


雄川堰(おがわぜき)
雄川堰(おがわぜき)
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