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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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馬頭の静神社

急な階段、参道を登ると
見えてきました、静神社、拝殿です。
意外に息が切れますので
大変だと思う方は横の女坂から登りましょう。

高台ですから見晴らしが良い~♪

馬頭の静神社 2

ヘアーも真ん中分けで
ヒゲもこんもり。。。なかなか
ユーモラスな表情の狛犬くんです。

馬頭の静神社 3

本殿は雪などから守るためなのでしょう、
周りが囲ってありますね。


=== 案内板より ===
静神社は大同年間(806~809)誉田別命を祭神として、
字若宮に祀られていました。
元禄年中(1688~1703)に徳川光圀公の命によって、
上郷地の山腹に遷座、手力男命を併祀して静神社と称しました。
明治6年に村社となり、同33年に武茂城跡のこの地に奉遷されました。
云々。。。


本殿、右側よりさらに上って行くと
武茂城の本丸跡に着きます。

馬頭の武茂城跡

武茂城本丸跡。
これも静神社?
鳥居があって。。。
なにか祀られているのかな?

馬頭の武茂城跡 2

=== 案内板より ===
武茂城跡は、宇都宮城主景綱の三男泰宗が正応永仁(1288~1293)の頃、
武茂庄十余郷の領主となって武茂氏を名乗り子孫に伝いましたが、
応永14年(1407)宇都宮に世子がなかったので、
持綱(6代)本宗を継ぎ武茂氏は一時途絶えました。
その後持綱の曽孫正綱が武茂氏を再興しましたが、
正綱も本宗が継ぐことになり三男兼綱が相続して
一万石の領主となりました。
戦国抗争の世に入って、武茂氏は佐竹、那須両氏の抗争に係わり
豊綱の代慶長4年(1599)遂には佐竹に降り常陸大賀村に移され、
武茂城は佐竹の臣太田五郎左衛門の居城となりました。
慶長7年(1602)佐竹氏も秋田に移封され廃城となりました。
云々。。。


すぐ近くにある乾徳寺には
武茂家累代の墓所があるそうです。

本丸跡から、またゆっくりと静神社まで下っていきましょう。
なかなか良い運動だね。
また来よう、静神社と武茂城跡。。。

以前の記事はこちらから。
馬頭へtrip その5 ★那珂川町馬頭広重美術館


静神社と武茂城跡
@栃木県那須郡那珂川町馬頭
静神社と武茂城跡
コメント
この記事へのコメント
初めまして。
静神社の奥にも神社があったんですね。
私は下までしか行かなかったので、今度登ってみます。
2008/03/07(金) 12:48 | URL | かぐら #X.Av9vec[ 編集]
かぐらさま★
はじめまして。
山道というか落ち葉でサクサク
しているような上り道ですから
スニーカー履いて行った方がイイカモ。

でも、森閑とした良いスポットでした。

ちょっと、「自分と対話しちゃう」感じ。
そして「木の神様とお喋りしちゃう」感じ。

おすすめします。

コメントありがとうございました☆
2008/03/07(金) 19:47 | URL | BECCAN #-[ 編集]
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