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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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古代の墓跡「唐の御所」を見て来ました。
小高い小山の中腹にあるので
「うんしょ、うんしょ」…って落ち葉を踏みしめながら
けっこー歩いたかな?
舗装はされていないけれど、階段が造られているんダ。

馬頭町 唐の御所 2

横穴が掘られているんだけれど
これが古代のお墓なのです。
今から1,300年程前、平将門の時代ものです。

馬頭町 唐の御所 4

ちょっと覗くのコワイ感じ…?
でも、禍々しい感じはありません。
こんな風に穴を掘って貴人のお墓にするのは
どんな意味があったんでしょうね。
タイムトリップして埋葬の様子を見てみたい気も…。。

馬頭町 唐の御所 3

機械を使わず道具で手堀だったのでしょうね。
宝物とかもたくさん入れたのでしょうか?
周りにはたくさんの木が立っているし、
鳥も鳴いていて風通しもいいの。
こんなところなら、霊魂も淋しくないかな?

馬頭町 唐の御所

1,000年以上もたってこれだけきれいに保存されているのがすごいなぁ。
穴の前で「パンパンッ」て手を叩くと音が響くんだよね。
それだけ奥行きがあるってことですね。

山道をてくてく歩きながら歴史のお勉強。
なかなか興味深い場所でした。


=== 案内板より ===
唐の御所伝説
「唐の御所」は、今から1300年前頃の横穴墓です。
その昔、下総の猿島を根城に平将門は、その勢いにのって
常陸、下野、上野の国司を攻め落とし、天慶2年には
関東の大半を征して、自ら新皇と称するまでになりました。
しかし、将門は、一族の貞盛や藤原秀郷に攻められて
天慶3年遂に滅んでしまいました。
その当時、三島城主であった小高出雲守将良は、一族をひきつれ
和見に来て黄泉寺を建て出家いたしました。
まもなく将門の女が将良を頼って髪をおろし、女蔵比丘尼といいました。
尼は、既に子を宿していて古墳の中で男の子を出産しました。
このことを世にはばかって、唐土帝王の妃がざん言によって
遠くこの地に流されて来たものといいふらしましたので
この横穴が「唐の御所」と呼ばれるようになったと言われています。


唐の御所
@栃木県那須郡那珂川町和見岩下
唐の御所
コメント
この記事へのコメント
私の家は3、4年前に建てましたが
境界の所に石の残骸が積んでありまして此処は黄泉寺跡なので名前が彫られている石も有ると言われています今は草が多いので秋になったら調べてみようと思っています。
2011/08/12(金) 19:18 | URL | フミ柴山 #-[ 編集]
フミ柴山 さま★
黄泉寺跡ですか?!
どのようなお寺さんだったのでしょう?
古代の寺院。
名前が刻まれた石が出てきたらスゴイですね!
2011/08/13(土) 06:03 | URL | BECCAN #-[ 編集]
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