
頑丈な岩で武装された難航不落の城。
やって参りました、太田市「金山城跡」です♪
キレイに整備されてますよー。
のんびりと散歩するには持って来いです!

「日ノ池」。

ちょいと登って上から。
石垣だらけですねー。
石で出来た要塞、
映画セットの中にいるよう。。。
なかなか面白いよ♪
しかし昔の人は充分な道具もないのに
よくこんなに大きいものを造りましたねー。
すごいネ!

奥に見えるのが「月ノ池」。
=== 案内板より ===
今に蘇る金山城跡は、岩松(新田)家純(いえずみ)が文明元年(1469年)に
築城したものが基礎となっています。
その後、下克上によって実質的な城主となった横瀬氏改め由良氏の時代に全盛となりました。
上杉氏、武田氏、小田原北条氏、佐竹氏など戦国時代の雄に取り囲まれた中、
その攻略によく耐え抜いてきましたが、
天正12年(1584年)、小田原北条氏に捕らわれの身となった城主 由良国繁(くにしげ)と、
その弟、長尾顕長(あきなが・館林城主)の帰還を条件に開城し、
小田原北条氏の家臣が城番として配置されました。
天正18年(1590年)、小田原北条氏の滅亡と共に廃城となりました。
江戸時代には金山「御林」として徳川幕府直轄地となり、
現在に良好な城跡遺構を遺す結果となっています。
云々。。。

そして、別のところにあった案内板には。。。
=== 金山城の歴史 ===
平安末期、新田氏によって築かれ、新田義貞一族の滅亡と共に廃城となる。
約100年の後、文明元年に新田家純が再築した。
享禄元年、新田昌純は、重臣 横瀬泰繁のために殺された。
泰繁の子、成繁は姓を「由良」と改め両毛地方を征服し、
金山城全盛時代をもたらした。
天正12年、北条氏に金山城を攻撃され、
籠城半年、ついに和睦開城、由良氏は桐生城へ引退、
北条氏より城代が派遣された。
天正18年、北条氏滅亡により廃城となる。
と、記されていました。
しかし実際、新田義貞がこの城に居住していた証拠は
今のところ存在していないらしいです。
うむ。。。

ゆっくりと散策を楽しみながら。。。
また来よう、金山城跡。。。
以前の記事はこちらから。
○ 新田氏ゆかりのIkushina-Jinja 太田市★生品神社
金山城跡
@群馬県太田市金山町

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