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「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]

日本海の潮の香りが鼻をくすぐる鶴岡市です。
in 山形県。

こっちが新潟県でー、



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]

こっちが山形県、かな?
村上市と鶴岡市のちょうど真ん中。

そうです、
この地に建つひとつの石碑、、、



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]

山形県・新潟県境標」でありますっ。
おぉ~。。。
ここって県境たったんだぁ。。。、みたいな。


そして、今回のお目当ては、
この道をまがって50mほど行ったところにありました♪



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]

古代鼠ヶ関址」ですっ。
〝古代〟と表記されるのは、少し離れたところに
もうひとつの〝ネズガセキ(近代)〟があるからです。


=== 案内板より ===
古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡
本遺跡は、山形の鼠ヶ関と新潟県の県境にまたがって存在する。
古代の関所「鼠ヶ関」は、陸奥国の菊多関(勿来関)、白河関と並んで、
奥羽の三大関の1つである。



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]

鼠ヶ関は能囚の歌枕(11世紀)に「ねずみの関」とあって、
10世紀頃はすでに旅人に親しまれていた。
また「吾妻鏡」文治5年(1189)奥羽征伐の条に、
「越後の国より出羽念種関(ねすがせき)」に出て、合戦を遂ぐべし。」とあり、
室町期の「義経記」に、義経、弁慶一行の関所通過が劇的に描かれている。
歴史上ほぼ確かな「鼠ヶ関」の存在は、平安中期からその末期ないし
鎌倉初期の10世紀から12世紀頃までということになる。
昭和43年の発掘調査の結果も、それに対応するものであることが確認された。

古代鼠ヶ関の遺跡は、「千鳥走行型棚列址並建物址」(D地区)のほか、
「製鉄址」(A地区)「土器製塩址」(B地区)「須恵器平窯址」(C地区)からなっている。
つまり軍事警察的な防御を目的とする関所としての施設と、
その内にそれをささえる高度の生産施設をもった、「関戸集落」によって
「関」が成立していた。
平安中後期の、出羽国の開拓もずっと北にのびた段階で、
南を検問し防備する関門の関所としての性格を物語っているのである。
云々。。。



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]
「↑線路の向こうにあった小さな神社さん。」

おぉ~、古代鼠ヶ関と同関戸生産遺跡。深いです。。。

そして今回こちらの「鼠ヶ関」を訪れたことで、
「勿来関」、「白河関」と合わせ、奥羽三関の制覇、達成いたしました~っ!!
やたー★

「勿来関」、「白河関」はこちら↓
吹く風を 勿来の関と 思えども。。。  いわき市★勿来(nakoso)の関址
白河の関跡と白河神社  ★白河市



「山形県・新潟県境標」と「古代鼠ヶ関址および同関戸生産遺跡」。[山形県鶴岡市]
「すぐそこに鼠ヶ関駅。」

近くに「源義経上陸の地」、「近代念珠関」がありますので
ささ、そちらへも参りましょう。



以前の山形はこちらから。
うなぎ割烹 治郎兵衛。[山形県酒田市]
以前の関所はこちらから。
川俣関所跡。[埼玉県羽生市]

【古代鼠ヶ関址の碑】
@山形県鶴岡市鼠ヶ関

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