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おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]

栃木市にある「おおひら歴史民俗資料館」です。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]

こちらの博物館には、古墳時代の大きな木棺が展示されています。

七廻り鏡塚古墳から出土した。。。、とありますが、
すでに消滅してしまった古墳かな?。。。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]

おぉ~、これだぁ。


=== 案内板より ===
七廻り鏡塚古墳について
栃木県の南西辺を占める足尾山地の南東裾部にあたる、
大平町大字西山田字向堀にあった8基の古墳群(通称『七廻り古墳群』)
の主墳とみられる円墳である。

東西南の三方を丘陵で囲まれたコ字形の沖積地に面し、
東側の中山丘陵裾部に位置する当古墳は、
古くから弓削道鏡の息子とされる英親王(はなぶさしんのう)にまつわる伝説や、
英子内親王にまつわる伝説があり、英塚とも呼ばれていた。
また、七廻り鏡塚の七廻りという名称は、
鏡塚を中心にしてまとまっている七廻り古墳群を、
七回めぐって歩くと願いごとがかなうなどという伝説に基ずくものであり、
鏡塚の鏡とは、地形が柄鏡に似ているので付けられたものであるともいう。

いずれにせよ、古墳時代(6世紀中頃)、
この地域において栄華を誇ったであろう地方豪族の長の墳墓であることは、
まぎれもない事実である。
云々。。。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]
「山側より見た発掘直前の木棺の状況」


===
発掘調査について
昭和44年4月13日、七廻り鏡塚古墳は宅地造成工事のため削平され、
その際、木棺が工事用のブルドーザーにより、
腐朽した部分にかなりの損傷をうけてしまった。この時点で作業は中止され、
以後、町及び県教育委員会等の関係各機関により、
3次にわたる緊急発掘調査が実施された。

第1次調査は翌4月14日から5月2日まで、木棺と内部の遺物の処理を中心とし、
第2次調査は同年12月18日から21日まで、
ブルドーザーによって削平された古墳の平面形を図上復元し、
墳丘に対する内部主体の位置を確定するための発掘調査であった。
調査の結果は、次の通りである。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]
「沖積側より見た発掘終期の舟形木棺と組み合せ木棺」

墳丘は高さが5m前後、直径が約30mで、幅5~7mの周溝がめぐっていた。
この位置での標高は約40m、沖積地よりは4mほど高い。
墳形は南東にやや広がった楕円形をなしていた。
墳丘には、この付近で産出する赤褐色の粘土が用いられていた。
墳丘基盤は青色粘土層で、ここがかつて沼沢地であったことを示す資料と思われ、
層の中には美しい緑色を保った葦の葉などが混じっていた。
木棺は5m以上の深さにあたる位置から発見され、
湧水のある青色粘土層に掘りこまれていた。
築造年代は6世紀中頃と推定されている。

この調査により、舟形木棺や木装大刀など、
わが国の考古学会に大きな影響を与え得る、貴重な資料が数多く出土した。
特に、国の重要文化財に指定された木製品を中心とする多数の出土品は、
全国的にみても重要なものである。
なお、第3次調査は、七廻り古墳群のうち、鏡塚古墳の東南方にある
2基の小円墳の発掘調査として実施された。
云々。。。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]
「舟形木棺内の遺物配置」


おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]
「組合木棺内の遺物配置」

===
遺物の配置について
舟形木棺では、棺身の中央からやや下方に遺体をおき、右に弓と木装大刀、
左に鉾、足もとに靭と矢、頭の付近に櫛、木製品、轡、鳴鏑が配置されていた。
古墳から普通数多く出土する玉類や装飾品はまったく発見されていない。

組み合せ木棺では、上方に頭髪が結ったままの形でおかれ、
右側板にそって木装大刀、大刀にそって3個の杏葉と毛製品がおかれていた。
遺物は一部を除いてすべて2つの棺内から発見されている。
云々。。。



おおひら歴史民俗資料館。[栃木市]

===
舟形木棺
ヒノキの大木を縦割りにして身と蓋を造り、
中をえぐって遺体と副葬品を埋納する構造のものである。
身の下には木棺を安定させ保護するための木炭が敷いてあった。
保存の良好な部分は身も蓋も生木に近い状態であった。
木棺の全長は5.49m、幅は1.1m、棺両端の小口には
身蓋とも2個ずつ並んだ縄掛け突起が造り出してある。
保存状態のよい突起の長さは15~20cmである。
内部のえぐり抜きは身で長さ約3.2m、幅が約60cm、深さ27cmで、
全体は角張らず舟底形に仕上げられている。
両端にはそれぞれ半円形の妻板が化粧板としてはめられ楔留めになっている。
身のえぐり込み部分の周囲は大きいスペースをもった厚い造り出しに、
蓋は逆に凹部になっていて、身と蓋とが上下うまくかみ合うようにできている。
木棺には各種工具のあとがよく残っており、
オノ、ナタ、ヤリガンナ、チョウナなどが使用されたと思われるが、
ノコギリを使用した痕跡はない。
木棺は発掘当時美しい木肌をそのまま残し、
ヒノキ特有の芳香がかすかにただよっていた。
云々。。。


===
組み合せ木棺
本体は蓋板1、両側板2、両小口板2、底板1の合計6枚からできており、
このほか付属物として底板の両端、小口板のちょうど真下に
1枚ずつの安定板が入っている。
棺の長さは2.1m、幅は45cmで、側板にそった内部の高さが17cm、
棺中央での内部の高さは13cmにすぎない。
この高さは人体を収容することは困難であって、
事実この棺からは人間の頭髪のほかは、人体のどの部分も発見されていない。
組み合せ木棺は舟形木棺に対する副棺と考えられ、
副葬品を収容したものと思われる。
作成に際して使用された工具は舟形木棺同様、
オノやヤリガンナ、チョウナなどと考えられる。
云々。。。


七廻り鏡塚古墳から発見された舟形木棺であります。
その大きさに圧倒され、加工された部分などは現代の大工仕事と
変わらないんじゃないの?と感動させられ。。。
初めて拝見しました舟形木棺。
やっぱりホンモノは違いますねー。

そしてこちらの「おおひら歴史民俗資料館」。
今回アップしなかったけれど、他にも見所満載でありました。
また来てみたいですねー。



以前の博物館はこちらから。
群馬県立歴史博物館。September. 2019 [高崎市*その2]
群馬県立歴史博物館。September. 2019 [高崎市]

以前の栃木市はこちらから。
うずまの鯉のぼり。[栃木市]

【おおひら歴史民俗資料館】
@栃木県栃木市大平町西山田

コメント
この記事へのコメント
こんにちは
こちらの施設ってわりと新しいですよね
小中のころあったら絶対遠足や社会科見学にいただろうなと思っちゃいました^^
太平山のふもとで古墳時代に思いを馳せるってなんだか壮大でいいですね♪

2019/10/11(金) 10:15 | URL | reina #mQop/nM.[ 編集]
reina さま★
こんにちは
そうみたいです、私も今まで知らなかった資料館です。
大きな木棺は初めて見ました★
当時の高い技術力に驚かされた感じでした~。
2019/10/14(月) 07:24 | URL | BECCAN #-[ 編集]
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