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下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

甘楽郡下仁田町です。
こちら「下仁田町歴史館」。


下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町] 下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

特産のネギで有名な町。
歴史館では、世界遺産に登録された荒船風穴や、
町の歴史に関する資料などが各種展示されています。

今回のお目当ては「下仁田戦争」の軌跡。
2Fの一角にそのコーナーがありました★

幕末の頃、水戸天狗党と高崎藩兵がここ下仁田町で衝突。
激戦を繰り広げます。これが下仁田戦争。
興味深い資料が展示されていましたが、写真はNGです。


下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

高台にある歴史館から、遊歩道の階段を降りると
「高崎藩士戦死の碑」があります。


=== 案内板より ===
下仁田戦争跡
- 高崎藩士戦死の碑 -
尊王攘夷の旗をひるがえして筑波山に挙兵した水戸浪士(天狗党)たちは
武田耕雲斎を総大将として、京にいる一橋慶喜に尊王攘夷を理解してもらい、
朝裁を請おうとして西上の途についた。


下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

元治元年(1864)11月16日、幕府の命令により追撃してきた高崎藩と
下仁田村で交戦となった。
水戸浪士900有余名に対して高崎藩200有余名であったが
戦いは一進一退であった。
やがて、水戸浪士隊の三面奇襲作戦により高崎藩は善戦するが、
ついに本陣撤退を余儀なくされた。
これが下仁田戦争であり高崎藩士36名・水戸浪士4名が壮絶な戦死を遂げており、
下小坂岩下(当地)は激戦地の1つとなった。

この碑は明治26年11月16日に、下仁田戦争30周年を記念してここに建てられている。
表の碑文は旧幕臣の有名な勝安房守海舟の書いたものである。
裏面の碑文は、下仁田町に縁の深い市川寛斎の孫にあたる三兼万庵の筆によるもので、
この地において幕末に起こったこの戦争の概要と、
犠牲になった者への弔魂の意が書かれていて、その歴史を今に伝えている。
云々。。。


下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

高崎藩士の碑からほどなくの所に、
高崎藩の旧本陣、里見家があります。


下仁田町歴史館。[甘楽郡下仁田町]

建物の壁に今でも残る銃弾の痕。
戦争の激しさを物語るようです。。。

なんだか寂しい気持ちになりましたが、
来て見て良かった。



以前の下仁田町はこちらから。
道の駅しもにたと、青岩公園。[甘楽郡下仁田町]

【下仁田町歴史館】
@群馬県甘楽郡下仁田町下小坂
開館時間/10:00~16:30
入館料/200円
おやすみ/4月~11月(無休)
おやすみ/12月~3月(月曜、祝日の翌日、年末年始)

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