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上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

長野県上田市の「石久摩神社」です。
前回に続いて、今回は神社のこと。
こちら北側の「表参道大鳥居」です。


=== 案内板より ===
表参道大鳥居(北側)
嘉永5年2月(1852)に欅造りで建立されたが老朽化し、昭和13年、14年に
両部様式に改築され、昭和50年8月明神様式の鉄製朱塗りにて新築し
今日にいたる。
云々。。。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

「参道」です。
まっすぐ行って右側に社殿があります。
おもしろい配置ですよね。


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(写真はクリックで大きくなります。)

拝殿手前に境内社。
「川辺招魂社」、「天神社」、「伊勢社」。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

「拝殿」と、


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手前にいらっしゃる「狛犬」クン。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

「本殿」です。


=== 案内板より ===
石久摩神社
神社の由緒については、創立年代は不詳であるが旧上田原村の産土神であり、
文政10年4月(1827)神祇官より社号を明神社から石久摩神社に改称を請け
今日にいたる。 また、この神社の鎮座姿は、
一般的には表参道鳥居から正面に拝殿・本殿を拝観するものであるが、
鳥居から見て直角に鎮座しているのが特徴である。
この姿の理由は不詳。(東側の鳥居は昭和14年に出来たもの)

祝詞殿、拝殿の再建は文政元年(1818)にされ、今日にいたっている。
また、祝詞殿内の正面左右には、随神が鎮座している。
随神は、祭神の守護神であり、大正10年(1921)に安置され、
近郷の神社のなかでも安置されている神社は、
当社以外では、安曾神社(古安曾)・弓崎神社(小泉)・越戸神社(越戸)のみであり、
また、随神の大きさは、当神社のものが一番大きなものであり、
随神の鎮座されている神社として貴重な神社である。
(左右の2神はの閽神(かどもりのかみ)と看督神(かどのおさのかみ)で
俗に矢大神と左大神ともいわれている)
云々。。。


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東参道沿いには、ずらりと境内社が並びます。
「秋葉社」、「蚕影社」、「粟島社」、


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「金毘羅社」、「三峯社」。


上田原古戦場。[上田市*石久摩神社]

北側表参道から入り、こちらの東参道へ抜けましたー★


===
東参道鳥居(東側)
昭和14年4月表参道大鳥居と同じ両部様式にて新築されたが経年により老朽化が進み、
昭和50年8月表参道鳥居と同時に明神様式の鉄製の朱塗りに建替えし今日にいたる。
云々。。。


上田原合戦跡でもある石久摩神社。
近くには武将たちのお墓が点在しています。
由緒は不明だと云われますが、きっと古い歴史のある神社さんなのでしょう。
参道から直角に位置する社殿の配置も興味シンシンであります。。。



以前の記事はこちらから。
上田原古戦場の碑。[長野県上田市*石久摩神社]

【石久摩神社】
@長野県上田市上田原

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