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伊香保温泉、石段街。

伊香保温泉、石段街」です。
伊香保神社に参拝し、勝月堂さんでおまんじゅうをいただいた後は、
さぁさぁ、石段を下って行きましょう。


伊香保温泉、石段街。
伊香保温泉、石段街。

午前中の早い時間だったけれど、開いててヨカッタ~の、
石段玉こんにゃく」さん。

商品名がそのまま店名なのでしょうか?
石段玉こんにゃくさんにて、石段玉こんにゃくをGET!ー、みたいな。

カラシをちょこっとつけて、あつあつの玉こんにゃく、
味が染みてて美味しいです♪

そしてさらに下へ。。。


伊香保温泉、石段街。

石段の上りはじめの辺り。


伊香保温泉、石段街。

石碑と案内板がありました♪


=== 案内板より ===
石段の歴史
伊香保は湯の街として栄えてきました。
伊香保温泉のシンボルである石段が誕生したのは
天正4年(1576年)頃と伝えられています。
織田信長・徳川家康の連合軍に敗れた武田勝頼が長篠の戦いによる
多くの負傷者治療のため源泉を各浴舎に引湯する目的で
真田氏に命じて造られたものと言われています。
石段の中央に湯樋を造り効率良く浴舎に温泉を配りました。
現在は石段の途中に4ヵ所の小間口観覧所があり
各旅館へ引湯される温泉が石段の下に流れている様子を
ガラス越しに見ることができます。


伊香保温泉、石段街。
伊香保絵図(時期不詳)

12軒の宿が江戸時代に引湯権を与えられそれぞれ十二支を屋号とし
明治維新まで年番で名主や伊香保口留番所(伊香保御関所)の役人を
勤めていました。
旅館のあった場所の石段には十二支の絵のプレートが埋め込まれています。

石段街の最上部には上野国三宮である伊香保神社があります。
江戸時代末期北辰一刀流の開祖である千葉周作が兵法の国上州で
名を上げるため当時最大の剣門であった地元の馬庭念流と対峙してまで
神社への奉納額を掲げようとしたのがこの伊香保神社です。


伊香保温泉、石段街。
明治期の石段街

石段はここから一番下の伊香保御関所まで315段ありましたが、
昭和13年に伊香保から榛名山への道路(県道)が整備されたため
石段が隠れてしまいました。
平成18年2月の市町村合併により渋川市となったことを期に
新たに石段の延長整備を進め平成22年3月に現在の形に生まれ変わりました。
現在の段数は365段となり1年中(365日)賑わう温泉街にとの願いが込められています。
云々。。。


長篠の戦いの頃に整備されたという伊香保温泉の石段。
ずいぶんと古い石段であります~。

温泉の発見はそれ以前のことでしょうから、
歴史があるんですねー (=゚ω゚)ノ
ナニゲに感動しました★



以前の記事はこちらから。
温泉饅頭と甘酒と玉コンニャク。 [伊香保温泉 石段街]
勝月堂。March.2018 [伊香保温泉]

【石段の歴史の案内板】
@群馬県渋川市伊香保町伊香保

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