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井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]

「三雲南小路遺跡」のすぐ南。
井原鑓溝やりみぞ遺跡推定地」があります。


=== 案内板より ===
井原鑓溝遺跡推定地
糸島市井原字ヤリミゾ・三雲字ヤリミゾ地内
井原鑓溝遺跡は江戸時代の天明年間(1781~1788年)に甕棺が
発見された遺跡です。
甕棺は当時の三雲村との境界に近い井原村の鑓溝で発見されたとされ、
その経緯は福岡藩士の青柳種信が書き記した「柳園古器略考」に
伝聞記として記されています。


井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]
青柳種信の肖像画

「日照り続きであったある日のこと、井原村の百姓であった次市が
田に水を引き入れようと水路の土手をつついたところ、
その一角が崩れて大きな壺が顔を出し、中から赤色の顔料(水銀朱か?)
とともに20面を超える銅鏡や鎧のような鉄板などが出土した。」

井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]
銅鏡の破片の模写図

種信がこの記録を書いた当時、すでに発見から40年ほどたっていましたが、
出土した銅鏡の破片の他、巴型銅器の一部も残っていました。
甕棺の発見地点や出土したこれら宝器の所在は明らかではありませんが、
多数の銅鏡をはじめとする豪華な副葬品から、被葬者は弥生時代後期に
葬られた伊都国歴代王の1人と考えられています。


井原鑓溝遺跡推定地。[福岡県糸島市]
巴型銅器の模写図と拓本

現在、この一帯に鑓溝の地名が伝えられており、種信の記録をもとに
鑓溝王墓の確認に向け、地元のみなさんにご協力いただきながら、
発掘調査を行っています。
糸島地域を代表する貴重な文化遺産です。みんなで大切に保存しましょう。
云々。。。


はっきりとした所在地が分からない幻といわれる遺跡。
こちらもまた王墓です。
農閑期を使って少しずつ発掘をしているようです。
発見された時は楽しみでしょうねー。

しかし、糸島市、
ヒジョーに濃かったですっ。。。



以前の記事はこちらから。
三雲南小路遺跡。[福岡県糸島市]

【井原鑓溝遺跡推定地】
@福岡県糸島市三雲

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