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北野天満宮。[福岡県久留米市]

福岡県久留米市です。
大きな「一ノ鳥居」が建ちます。
菅原道真公をお祀りした「北野天満宮」の参道であります。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市]
(写真はクリックで大きくなります。)

境内の入り口の「二ノ鳥居」と、「道標」。
古そうな道標ですが、江戸時代のものでしょうか?


北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市]

池にかかる朱色の「神橋」。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

「三ノ鳥居」です。

=== 案内板より ===
石造鳥居
この鳥居は、「肥前鳥居」と呼ばれ、慶長年間(1596~1614年)
につくられたものが多いため、「慶長鳥居」とも呼ばれます。
笠木の長さは5.35m、高さは4.01m、地面での両柱の間隔は2.5mを測り、
凝灰岩を削ってつくられています。
銘文から慶長12(1607)年の年号を読み取ることができたので、
江戸時代のはじめにつくられたことがわかります。
最初は下宮へ下る参道の途中に建っていましたが、
昭和のはじめ頃に現在の場所へ移されました。
云々。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

===
大樟(おおぐす)
根本周囲は22.0m、枝張りは東へ11.0m、樹高は17.5mを測ります。
その大きさにも圧倒されますが、特に地上2.5mより二段となり、
根本のふくぐみは顕著で、その特異性を誇っています。
そのため、福岡県文化財に指定されました。

正確な樹齢は不明ですが、北野天満宮が天喜2(1054)年に
京都の北野天満宮の分社として建立されたことから考えれば、
あるいは北野天満宮建立当時に植えられ、樹齢も1000年近いことが
推測されます。
云々。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

正面に「楼門」。


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楼門手前に「狛犬」クン。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

北野天満宮。[福岡県久留米市]

堂々としたこちらの楼門。振り返ると
その裏側に飾られているのは、なんと、カッパの絵です!

===
上の絵の説明
子供が蛇に襲われようとしているのを、河伯(カッパ)が
助けている様子を描いた絵。
云々。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

北野天満宮に語り継がれているカッパ伝説。。。
神社には「カッパの手のミイラ」が保管されているそう。

う~ん、観たかった。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市]

菅原道真公が京都から大宰府へ向う途中、
カッパに襲われ、川の中に引きずり込まれそうになった時、
道真公がその手を切り落としたとする説。

また、カッパが追手の藤原時平さんから道真公を助けようとした時、
切り落とされてしまったという説。
という2つの説があるそうなんです。
ナニゲに興味深い。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

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由緒
北野天満宮は、菅原道真公を祀った神社で その創立は、
天喜2年(1054年)後冷泉天皇の御感夢により当地を選び、
関白藤原道隆の孫貞仙僧上に勅して、宝殿九間に五間、
拝殿十一間に九間の社殿を造営され、社殿の廻りには、75ヶ所の末社と
28ヶ所の社寺家があり、領田は一千町歩に及び、
京都北野天満宮の代官所として華麗を誘った。


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その後源平の争乱で社殿は破壊されたが、源頼義、頼朝が社殿を寄進し
足利義満の代になると筑後一円を荘園として認められ、
この地方の人には年貢、兵役、人夫等の課税を免ぜられる。


北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市]

戦国時代、兵火に見まわれ社殿は全焼したが、
永正5年山本郡吉木の城主藤原重永によって再建された。
その後天正15年、豊臣秀吉九州征伐の時、一時社領は没収されたが、
承応3年(1654年)久留米藩主、有馬瓊林が社殿を改築し、
明和年間楼門が潤色され池や橋の造営により、今日の天満宮の景観ができた。
以来、学業成就並びにひきつけふうじの祈願所として
近郷からの参詣者が絶えなかった。


北野天満宮。[福岡県久留米市] 北野天満宮。[福岡県久留米市]

現在、神社の境内には、樹齢900年の大楠(天然記念物)が茂り
慶長鳥居(県文化財)が古色蒼然たる趣きを添え、
江戸時代に寄進された、撫牛、灯籠、鳥居、狛犬等立並び、
信仰厚かった往時が偲ばれる。
又鰐口、天満縁起三巻(県文化財)及び、足利義満将軍の御教書を始め、
南北朝時代から江戸時代中期にかけての古文書、
後陽成天皇の御真筆、書画等が現在保存されている。
毎年執り行なわれる10月の御神幸祭の行列(県文化財)は、
古い伝統を誇り人のよく知るところである。
云々。。。


北野天満宮。[福岡県久留米市]

天満宮の近くを流れる小さな川。
道真公が大宰府に向かう際、大分県の日田から筑後川を下り、
この川から久留米の地に入ったそうです。

歴史ある神社さんだけに、いろいろな話が伝わっているんですネー。
来て見てヨカッタ。



以前の記事はこちらから。
ふくの家 fukunoie。[佐賀県佐賀市]

【北野天満宮】
@福岡県久留米市北野町

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