ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2017/051234567891011121314151617181920212223242526272829302017/07

法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

新田荘歴史資料館で勉強した後は、
以前にも来た「長楽寺」へ。

こちらの一角に小さな史跡があります。
月船琛海さんというお坊さんのお墓、
法照禅師月船琛海塔所」です。


=== 案内板より ===
国指定史跡 新田荘遺蹟 東照宮境内
法照禅師月船琛海塔所並びに普光庵跡
法照禅師は、名を深海、字を月船といった。弘安5年(1282)幕府の命により、
長楽寺第5世住職となり、以来25年間仏法興隆につくし、鏡堂大円(長楽寺6世)、
牧翁了一(ぼくおうりょういち・同10世)をはじめ多くの高僧を世におくった。

月船は、徳治2年(1307)に京都の東福寺第8世となり、翌延慶元年(1308)
同寺で没し、法照禅師と朝廷より諡(おくりな)を賜った。
遺骨は、東福寺と長楽寺に分葬されたが、当寺ではその塔所(墓所)は
久しく不明であった。
昭和12年9月、境内の大杉の根を掘ったところ、偶然石櫃が発見され、
その縁に「月船」、蓋石の裏に「月船和尚」と刻まれており、石櫃の中には骨壺
(骨蔵器)が納められていたので、ここが法照禅師の塔所であることがわかった。


法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

なお、石櫃の西側に6個の骨蔵器が埋葬されていた。
これらは弟子の遺骨で、いわゆる禅宗僧侶の埋葬形式である「普同塔」(共同埋葬)
といわれるものであり、従来文献にのみ見えていたものを実証した
数少ない貴重な遺跡である。


法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

普光庵は、法照禅師の高弟で、長楽寺第10世牧翁了一が、
師法照禅師のために建てた塔頭(たっちゅう・弟子が師の徳をしたって塔の頭に
建てた庵)である。
長楽寺中において密教道場として大いに栄えたが、
その後、その所在も不明になっていたものである。
しかし、法照禅師の骨蔵器の発見により、近くから当時の礎石も見つかり、
普光庵跡も確認され、現在も保存されている。
云々。。。


法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

こちらは、長楽寺と世良田東照宮の、ちょうど間くらいに建っている
日枝社」です。


===
日枝社
御祭神 大山咋命(おおやまくいのかみ)
寛永21(1644)世良田東照宮建立の時、日光山より奉遷。
間口二尺五寸、屋根は挧(とち)葺き。


法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

江戸時代は幕府により十数回の修理が行われた。
昭和2年、修理。平成25年、東照宮三ツ葉葵会により修理。
江戸期の祭典日は、毎年4月申の日。
云々。。。


法照禅師月船琛海塔所と日枝社。[太田市]

===
神猿
大山咋神(山王神)の神使いとする夫婦猿一対で、手に持つ御幣は穢れを祓い、
神楽鈴は生命の盾ともなる音を奏で、桃は邪気を祓う力と
長寿を得られる果実とされています。
猿は子供への愛情の強さから「子授け」「安産」「子育て」のご利益をもたらす
とも云われます。
また、この日枝社は東照宮本殿から鬼門の方角に位置しており、
鬼(災厄)の苦手な猿が東照宮を守護する役割もしています。
云々。。。


前回見れなかった所を、もう少し回ろう。
つづく。。。



以前の記事はこちらから。
新田荘歴史資料館。[太田市]

【日枝社】
@群馬県太田市世良田町

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する