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赤城神社。[足利市上渋垂町] 赤城神社。[足利市上渋垂町]

足利の上渋垂町にある「赤城神社」です。
2008年に、ずいぶんと前に来たことがあります。
今回は「足利の文化財一斉公開 2016」にて。


赤城神社。[足利市上渋垂町]

こちら!正面の「本殿」!
普段、直接拝見出来ないものですから、もうワクワクです♪

扉の手前にいらっしゃるのは1対の「夫婦竜」。
雨乞いの儀式に使われたものなのだそうです。

そして扉の両サイドには、赤城神社の神の化身「百足・ムカデ」が1対。
おお~っ。。。


赤城神社。[足利市上渋垂町]

本殿は全面に素木の彫刻が施されています★


=== 案内より ===
予譲刺衣(よじょうさしころも)
予譲は、敗死した主君・智泊(ちはく)の頭骨を飲器にするという
屈辱的な扱いをした、趙襄子(ちょうじょうし)の殺害を誓ったが、
果たせずに捕らわれてしまう。死を覚悟した予譲は襄子の衣服を請い受け、
その衣服を切り刺し、これで主君の智泊に顔向けができると言って
自決をしました。
命を狙われた襄子もこの忠義心を大いに賞賛をしました。
云々。。。


赤城神社。[足利市上渋垂町]

===
神功皇后の三韓征伐
第14代仲哀(ちゅうあい)天皇の后、神功皇后は住吉大神の神託に従い、
朝鮮半島に出兵し、新羅を服従させ、続いて百済・高句麗をも服従させ
三国を日本の支配下に置いた。

このとき神功皇后は身重であったが、腹に石をあてさらしを巻き、
冷やすことで出産を遅らせ帰国後に筑紫の宇佐で無事に出産しました。
その子が後の第15代の応神(おうじん)天皇です。


赤城神社。[足利市上渋垂町]

===
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の八岐の大蛇退治
高天原から天下った素戔嗚尊は、その土地の神足名椎(あしなづち)と
手名椎(てなづち)の娘8人の内7人を食べた、八岐の大蛇を退治し、
残った娘の櫛名田比売(くしなだひめ)を救い、その比売を娶りました。

八岐の大蛇は目が赤く一つの胴体に頭が八つ、尾が八つ、
あり山のように大きく、その尾から一振りの太刀が出てき、
この太刀は後の皇位継承の三種の神器の一つ「草薙剣」です。
云々。。。


係りの方がとても丁寧に説明してくれました♪


赤城神社。[足利市上渋垂町]

そしてこちらは本殿の裏にある昔のご神木。


=== 案内板より ===
旧御神木の保存と由来について
一、当赤城神社の御神木として永年祭られてきた、ここに総代一同が
朽ちるのを惜しみ勤労をして発掘して保存したものである。

二、赤城神社御神木伐採誌
樹種 杉、 樹齢 約650年、 樹高 22.7メートル、 根回わり 6.9メートル
由来里人御神木と尊称し御社殿の裏、北東方4.5メートルの位置にあって
神社の尊厳と風致を数百年来保持し今日に至ったのである。
今般 枯死したので神社庁の承諾を受け昭和47年9月25日伐採を厳修し
氏子一同より惜しまれつ伐採したものである。
御神木ならびに神社社殿は赤城神社境内古墳の上に位置し、発掘調査の結果、
古墳の横穴式石室が確認され、現在断面に見える大きな石はその一部である。
云々。。。


赤城神社。[足利市上渋垂町] 赤城神社。[足利市上渋垂町]

以前来た時よりもとても見やすくなったなぁ。
覆屋も新築されていたし。
「ヒサカキ」と「本榊」も新しく植えられていました。


赤城神社。[足利市上渋垂町]

旧御神木裏の「古墳」です。


いやー、勉強になりましたー。
弘仁2年(811)に勧請、後の建仁年中(1201~1204)に
新田義重さんが造営したと伝えられる神社さんです。
良かったぁ。。。



以前の記事はこちらから。
中里城跡。[足利市]
ムカデ君に会いたかったが。。。  足利市★赤城神社

【赤城神社】
@栃木県足利市上渋垂町

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