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赤城神社。[館林市足次町]

以前よりチェックしていた神社さんです。
館林の足次町にある「赤城神社」にやって参りました★


赤城神社。[館林市足次町]

新田義重さんが勧請したと伝わる神社さんです。

一直線に延びた参道。


赤城神社。[館林市足次町]
「拝殿」。

近くにある保育園の子供たちが散歩に来ていました★


赤城神社。[館林市足次町]

赤城神社。[館林市足次町]
覆屋の隙間から覗いた「本殿」と、後ろ側の「彫刻」。


=== 案内碑より ===
赤城神社の由緒
往古の渡良瀬川東岸に鎮座する当社は
建仁2年(1202年)新田義重が勢多三夜沢の赤城本営より勧請し
新田氏代々の守護神としたと伝えられる


赤城神社。[館林市足次町]
「奥の宮」。

以来天保年間に総村中による修築
明治6年(1873年)八ヶ村の郷社 同40年同地内十二社の合祀
大正10年(1921年)社務所の創築等により社叢を深める


赤城神社。[館林市足次町] 赤城神社。[館林市足次町] 赤城神社。[館林市足次町]
「三峯神社」とその他「境内社」。「出羽三山」の石碑。

戦後途絶えた神楽も近年信仰の心が高まり 春秋の祭典には青年による囃も響き
赤城神社眷属のムカデ絵馬は 市文化財に指定され愈々内外の脚光を浴びる
ここに後々の弥栄を念して氏子総代相計り浄財を以ってこの碑を建立す
云々。。。


赤城神社。[館林市足次町]

そうなんです、とても歴史ある神社さんなのです。

そして、尚且つウレシイことに、
偶然にも総代のおじさんがいらっしゃって、
「あがっていいョ (・Д・)ノ」
と、拝殿の中を見せてくれたんですーっ!

と言うことは。。。そうっ!


赤城神社。[館林市足次町]

コレっ!
市の重要文化財に指定されている「ムカデと梅樹絵馬」、
そして「千匹ムカデ絵馬」を拝見することが出来たのです!
いいね! (=゚ω゚)ノ


赤城神社。[館林市足次町]

=== 案内板より ===
ムカデと梅樹絵馬
上部屋根形の絵馬で、筆者は北尾重光です。
中央に大きく雄渾な筆致でムカデを描き、右側に梅樹が上部に向かって
枝を延ばしている様子を極彩色で描いています。

左上部には「處願成就」、左中央に「天保十一歳庚子二月」
その下に「館林 宮杉某」、右側に下に「紅翠□館林住人北尾重光筆」と墨書され、
天保11年(1840)2月宮杉某なる人が諸願成就を願って
赤城神社に奉納したものと考えられます。

ムカデは赤城の神の眷属といわれ、
梅は子授けや安産祈願によく描かれたものといい、ムカデと赤城神社の係わりや、
当時の人々の信仰の様子を知る上で貴重な資料です。


赤城神社。[館林市足次町]

千匹ムカデ絵馬
上部屋根形の絵馬で、筆者、制作年代とも不詳です。
薄赤色に彩色した小さな数多くのムカデを全面に、
その上部に青い松を描き、中央上部には「奉納」と墨書されています。

この絵馬は、赤城神社の氏子が、ムカデの精霊にあやかって、諸祈願をし、
赤城神社に奉納したものと考えられています。
ムカデは赤城の神の眷属で、赤城神社の氏子はムカデを大切にするといわれ、
庶民信仰の様子と赤城神社とムカデの係わりを示す資料として重要です。
云々。。。


赤城神社。[館林市足次町] 赤城神社。[館林市足次町] 赤城神社。[館林市足次町]

赤城神社。[館林市足次町] 赤城神社。[館林市足次町]

他にもたくさんの絵馬が飾られていました★


赤城神社。[館林市足次町]

中でも一番古いのが右の「武者図」。
寛延2年(1749年)に描かれたものだそうです。


赤城神社。[館林市足次町]

見上げれば「天井絵」。
ドラゴンかな?。。。


赤城神社。[館林市足次町]

しばらく拝見させていただき、
神社を後にしました。

貴重な文化財に出合えて良かった~。
親切な総代のおじさん、ありがとうございました。
なんだかウレシイ、秋の1日です。



以前の赤城神社はこちらから。
平塚赤城神社。[伊勢崎市]

【赤城神社】
@群馬県館林市足次町

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