ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2017/051234567891011121314151617181920212223242526272829302017/07

世良田館跡。[太田市]

一面に綺麗な芝生が広がります。
グリーンの絨毯のよう。
太田市にある「芝生公園」です。
この場所にはかつて、中世豪族の館、
世良田館」があったと伝えられています★


世良田館跡。[太田市]

=== 案内板より ===
世良田館跡
世良田館跡は、世良田山長楽寺の西に立地し、ふるくから
新田氏一族世良田氏の館跡と伝えられている。
北西約300メートルには、新田氏の祖新田義重の館跡と伝わる一辺二町
(約220メートル)の新田館跡(総徳寺)がある。


世良田館跡。[太田市]

世良田館跡は、「世良田村旧蹟案内」(昭和9年版・世良田村誌編纂会編)に、
「世良田義政館址」として記載されている。
昭和62・63年に発掘調査を行い、東辺部と北辺部の堀の一部、
さらにそれより古い小溝等を検出した。
堀の規模は、北辺部で幅約6メートル・深さ約3メートルとなり、
東辺部では、北東コーナーより約30メートルまでが幅約6メートル・
深さ約3メートルとなる。それより南は、規模が縮小され幅約4メートル・
深さ約2.5メートルとなる。
東辺部の堀の全長は、約100メートルであり、南際で東側に屈曲し、
長楽寺の長堀と重なり確認できなくなる。(深さは、表土からの深さ)

小溝は、幅約1メートル・深さ約1メートルの規模であり、
当初中世世良田郷内を区画した溝と考えられる。
東辺・北辺部の堀は、小溝と同じ方向に掘られている。


世良田館跡。[太田市]

南辺部は、地山の土塁状の高まりが検出できたが、
北辺・東辺郭の堀のような明確な区画はなく、
長堀から約30メートル離れたところに幅約3メートル・深さ約1メートル・
長さ15メートル以上の浅い溝が、確認できたのみである。
西辺部および内部構造は、未調査のため詳細は不明である。

堀及び遺跡の性格については、発掘調査面積が狭いため、
中世の館跡としての決め手に欠けているが、伝承により世良田館跡とする。


世良田館跡。[太田市]

出土遺物は、東辺部の堀の屈曲部より、嘉元3年9月18日(1305年)比丘尼念阿
と刻まれ、全長1メートルの板碑と、正慶元年10月8日(1332年)比丘尼蓮性と刻まれ、
文字に金泥が残る全長1.65メートルの板碑が、出土している。
また、館跡の時期より新しくなるが、板碑片6段を基部(石組の底)に積んだ
石組の井戸が検出されている。
云々。。。


世良田館に住んでいたと云う世良田さん。
世良田さんや得川さんや江田さん、etc。。。
新田さんの親戚関係の方々は近くにたくさんいらっしゃって、
整理してみないと良く分からないな(汗、、、
それでも綺麗に残っている堀跡を拝見できて
ナニゲに良い日となりました♪(笑



以前の記事はこちらから。
新田義興ゆかりの地と子方明神。[太田市]

【世良田館跡】
@群馬県太田市世良田町

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する