ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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芭蕉の句碑。

北陸自動車道を走っています。
新潟市から滋賀県の米原までをつなぐ、
ながーい高速道路。

朝の「越中境PA」です。
in 富山県。




芭蕉の句碑。

ひと際目立つ大きな石碑を発見。
〝芭蕉の句碑〟であります!


=== 案内より ===
一つ家に遊女も寝たり萩と月
松尾芭蕉

「おくのほそ道」所収の句の中でも異色の物語的場面。
«元禄2年7月12日(1689年8月26日)»越後の港町市振の宿(ここより東へ
5キロメートル)で、たまたま伊勢参りの2人の遊女と同宿する。
壁をへだてて聞こえてくる見送りの男と遊女の会話はことに哀れ深い。


芭蕉の句碑。

壁をへだてて聞こえてくる見送りの男と遊女の会話はことに哀れ深い。
翌朝、彼女から道連れにしてほしいと涙ながらに頼まれるが、
心を鬼にして断って去る-
しかし今では、この短章は芭蕉の創作だろうとするのが定説。
古典作品の成立事情は意外なほど興趣に富む。「折々のうた 大岡信」より
云々。。。


芭蕉の句碑。

もう少し走って、
小矢部川SA」です。
こちらにも芭蕉の句碑がありました★


===
元禄2年(1689年)初夏、松尾芭蕉は、門弟の曽良を伴って
江戸深川をたち奥州、北陸の旅に出ました。
秋、大垣にたどりつくまで約5か月、旅程六百里(2400キロメートル)に近い
徒歩による大紀行が「奥の細道」であります。

当時の長期間を要したその旅程は、いまでは、東北、北陸自動車道、
名神高速道路で結ばれ、多くの皆様に車による快適な旅行を
楽しんでいただいており、まさに隔世の感があります。

この句は、北陸路「卯の花山・くりからが谷」(当サービスエリアから北西、
約7キロメートル)をこえて金沢に向い加賀平野で、
残暑の厳しい中にも秋風を感じ、長途の旅愁のおもいを詠んだものと
いわれております。
今、芭蕉の奥州、北陸の旅から300年を迎えることとなりますが、
くしくも、今夏、北陸自動車道が全通いたします。
これを記念し芭蕉のゆかりの地、倶利伽羅(くりから)峠に近い
ここ小矢部川サービスエリアにこの句碑を建立するものです。
云々。。。


芭蕉の句碑。

===
芭蕉の句碑めぐり(小矢部サービスエリア)
あかあかと 日は難面くも あきの風  芭蕉

~前略~
北陸自動車道小矢部サービスエリア上り線は富山県小矢部市(旧越中国砺波郡)
に位置する。富山県小矢部市と石川県津幡町との県境には倶利伽羅(くりから)峠
という旧北陸道の峠があり当サービスエリアから北西方向に視認することができる。

平安末期の寿永2年(1183年)5月、信濃国で挙兵した木曽義仲軍3万と平維盛率いる
平家軍7万による倶利伽羅峠の戦いで、義仲軍は数百頭の牛の角に松明(たいまつ)
をくくりつけて夜襲をかけるという源平合戦の中でも有名な「大牛の計」で
大勝を収めている。
云々。。。


松尾芭蕉と、おくの細道。
詳しく知らなかったのですが、そういうことだったのですねー(笑
このライン、他のパーキングにも句碑が建てられているようです。
ウムム。。。



以前のSA、PAはこちらから。
安達太良SAにて。[福島県本宮市]

【小矢部川SA】
@富山県小矢部市浅地

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