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江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

正直、こんなに楽しいとは思いませんでしたっ。
初めての、「江戸ワンダーランド日光江戸村」。
歴史が好きな方は行った方が良いんじゃないかな~、
きっと(笑

いろいろな施設を紹介している案内板。あちこち建っていて
それだけでも勉強になったなー。
ちょっとしたミュージアムのよう。
そんな江戸村の楽しみ方であります。。。


=== 案内板より ===
関所
江戸ワンダーランド日光江戸村の関所の門は冠木門という
様式で造られています。「冠木門」という名前は、2本の柱の上部に、
冠木を通してあることに由来しています。
江戸時代の関所は、江戸の街を守ることを目的として全国に
53箇所に設置されました。関所では、直参の旗本以外は、武士も町民も
身分証明書や通行証明書がなければ通ることが許されませんでした。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市] 江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]
(写真はクリックで大きくなります。)

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母根と小岩
こちらの岩は、昔、下野の国、現在の関東地方の北部で、
生き別れになっていた母と子が、山の中で偶然に出会い、この先、
一生離れ離れになるまいとの一念から、その場で根と岩に変わってしまった
と伝えられています。その一部に触れると、母子とも末永く幸せになると
いわれています。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市] 江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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水車小屋
日本に水車が伝来したのは、西暦600年の頃といわれています。
当初は、田畑に植えられた米や野菜に水を汲み上げるために使われて
いましたが、江戸時代には米をつく動力源としても、利用されました。
また、日光地方の水車小屋では、線香の原料づくりが行われていました。
線香の原料は、一般的にはタブの木の樹脂ですが、日光では豊富に取れる
杉の葉が利用されたといいます。杉の葉は水車で粉末にされ、それに
白だん、沈香、ジャコウなどの香料が加えられ、線香が作られました。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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番屋
番屋は、江戸時代に、消防、自警団の役割をしていた詰所のことで、
現在の交番の元祖とも言える施設でした。拍子木を打ちながら
火の用心の見回りも行っていました。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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絵馬
馬の絵が描かれた板を絵馬と言い神社の絵馬殿には裏に願い事や
感謝の言葉が書かれた絵馬が数多く納められています。
この絵馬は神様に馬をささげる習俗をもとにつくられました。
馬が貴重であった古い時代には有力者の寄進で神事に用いる馬が
あつめられました。時代がすすむにつれ実力的な貨幣や絹、布、米などを
神社に献上し、そのさいに、馬に代わって、馬の姿が描かれた板を
添えるようになりました。こうして絵馬が生まれました。
一番古い絵馬は奈良時代のもので、江戸時代になると馬以外のさまざまな
絵馬があらわれました。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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深山水
日光連山を流れ来る地下水が、この地に湧き出しました。
自然豊かなこの澄んだ水は、体を浄化させ健康長寿の名水と
言われています。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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大江戸天満宮
この黄金像は、今からおよそ1100年前の昌泰2年、宇多上皇の意向により、
右大臣に任命され政治家として最も高い地位に就き、また、文学者としても
円熟した頃の菅原道真公の御姿です。菅原道真公は我国の文臣として、昔から
尊敬され、全国に天満宮天神様として祀られ親しまれてきました。
また、「起請の神」「正直の神」「芸道の神」「慈悲の神」としても崇拝されています。
眩しいばかりに光り輝く黄金は、永遠に変わらずその美しさを保つものであり、
この道真公の黄金像を深く信仰することにより、
ご利益は永遠不滅に保たれることでしょう。
云々。。。


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天神様と牛
学問の神様・菅原道真公は丑年生まれであったばかりでなく、生涯を通して
深く牛を愛された方でもありました。道真公元服の夜、夢の中で牛が出てくる話や、
道真公の危機を牛が救った話など、今日まで伝承されている逸話も少なくありません。
そのため、道真公を奉ってある天神様には、道真公の守護神として、牛の絵画や
牛乗り像が多く見られ、牛は、天神様信仰の対象となっています。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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黄金の茶室
茶室は、お茶会の主催者がお客様を招き、お茶を出してもてなすために造られた
部屋です。黄金の茶室は、豊臣秀吉が造らせた平三畳、茶室独特の
小さな出入り口から、畳が3枚、横に並ぶ間取りの部屋のことで、その茶室の中は
随所に黄金が施されています。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市] 江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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政五郎 鳶頭(かしら)の家
江戸町火消「二番組内千組」の鳶頭といえば、錦絵になるほどの江戸町人の
アイドル。そんな鳶頭の家が、誰もが気軽に訪ねられるよう開かれています。
隣の江戸町火消資料館では、当時の町火消の活躍を、資料と展示品で
お楽しみいただけます。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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江戸町火消
大岡越前として知られる江戸中期の幕臣・大岡忠相は、享保2年に江戸町奉行
(南町奉行)となり、将軍・徳川吉宗の“享保の改革”の一環として、江戸の都市政策に
携わるようになった。評定所一座に加わって司法(裁き)に関わる一方、市政においては
木造家屋の過密地域である町人域の防火体制再編のため、享保3年(1718年)には
町火消組合を創設して防火負担の軽減を図り、享保5年(1720年)にはさらに
町火消組織を「いろは四十八組」の小組に再編成するとともに、瓦葺屋根や土蔵など
防火建築の奨励や火除地の設定、火の見制度の確立などを行った。
この「いろは四十八組」に隅田川川向こうの本所深川十六組を加えた計六十四組が
江戸町火消の始まりである。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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掘割
掘割は、その昔、自衛のために、集落の周囲に堀りをはり巡らしたものが
はじまりだといわれています。江戸の町づくりでは、海や川に面した湿地帯の
埋め立てや、干拓がきわめて重要な役割を果たしました。そして、
これらの埋め立て地では、排水をよくするために何本もの掘割がつくられました。
この堀りは、船を使った人や物資の運搬を発達させ、火事が広がることを防ぐ役割や
泥棒除けにも利用されました。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

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両国橋
江戸幕府は、当初、江戸を守るという理由から、隅田川には千住大橋ひとつしか
架けませんでした。この両国橋は、西暦1675年に江戸の大半を焼失した
「明暦の大火」の後、西暦1661年・寛文元年に現在の江東地区開発のために
架けられました。当初は大橋と命名されていましたが、武蔵と下総両国を結ぶ
ものとして、いつしか両国橋と呼ばれるようになったといわれています。
云々。。。


江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

江戸ワンダーランド日光江戸村。[日光市]

江戸の町を楽しむ!
また、ここに住んでいる人たちがオモシロイっ!
長くなるので、次回につづく、デス。


【江戸ワンダーランド 日光江戸村】
@栃木県日光市柄倉

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