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高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

1度来てみたかった神社さんです♪
邑楽郡板倉町にある「高鳥天満宮」。
菅原道真さんがお祀りされています。


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町] 高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]
(写真はクリックで大きくなります。)


「手水舎」のドラゴン君と、二つ目の「鳥居」。


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町] 高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

こちらは「狛犬」クンですが。。。


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

その足元に、ちっこい狛犬クンが一人。。。

ずいぶん年季が入っているようにお見受けしましたが、
先代でしょうか?


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

「拝殿」と、


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

「本殿」。


=== 案内板より ===
高鳥天満宮社殿 付 棟札・彫物雛形帳・絵馬
高鳥天満宮は、高鳥地区の人々をはじめとして、近隣在郷からも、
学問の神様として古くから親しまれ、信仰されてきた神社である。
また町内においては雷電神社に次ぐ神社として古くから信仰の対象であった。
彫刻及び天井画等に寄進著名が彫られており、当時の広範囲な信仰圏を
伺い知ることができる。なお彫刻雛形帳は、彫物の価値観や時代背景を
みることのできる貴重な資料といえる。
現在の社殿は、棟札等から嘉永元(1848)年に建立されたと考えられる。

【彫刻】
軒周りには龍体丸彫り虹梁・手挟み籠彫り鷹と猿・軒唐破風幕板・
目貫龍などが認められる。彫刻師は石原常八および渡辺喜平次
源宗信である。


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

【天井画】
拝殿の格天井には小倉百人一首(歌人の肖像とその和歌)が描かれ、
非常に珍しいものである。絵師は「正泉」「悦重」である。
云々。。。


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

境内社の「浅間神社(左)」と「六社合祀社」です。


===
御祭神由緒記
菅原道真の臣岩下勝之丞なる者あり
出羽の国(岩手県)の人にて道真に仕へて勤労ありしが
延喜元年正月25日(西暦901年)道真讒を蒙り筑前大宰府に左遷せられし時、
岩下之に随行せんことを請うも許されず、
然れどもその忠勤に感じ道真自ら像を画き興へて曰く、
「之を我として仕へ失ふこと勿れ」と、岩下止むを得ず涙を揮いて本国に帰り
永く子孫に伝えて守護せしむ


高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町] 高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

後文暦元年(西暦1234年)の春、その後裔岩下勝之進公の画像を携へ
京都北野天満宮に参詣し帰国の途次、此の地に来り民家に投宿せり
既にして俄に一社創建の念起こり里正に計る
里正曰く之より百歩西地の林、昔より鳥飛来して止まず故に高鳥と称すと
依りてこの地を卜し国主に請ひ社殿を建て公の画像を安置せるものなり
現在の社殿は嘉永元年(西暦1848年)新築されたものなり
云々。。。


菅原道真さんに仕えていた岩下勝之丞さん。
その子孫である岩下勝之進さんが道真さんを祀ったのが最初、
というお話です。
鎌倉時代のことでしょうか。。。

ナニゲに古い歴史と、興味深い云われを持つ神社さんです。
また来よう、
また来てみたい、高鳥天満宮。。。



【高鳥天満宮】
@群馬県邑楽郡板倉町大高嶋1665





【omake】
高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町] 高鳥天満宮。[邑楽郡板倉町]

願かけなで牛の由来
牛は天神さまの「神使」としてよく知られています。
学問の神様菅原道真公は今より千百有余年前の丑年丑の日にお生れで
お亡くなりになったのも丑の日です。
その生涯を通じて至誠の道を垂範せられよく勉学に励まれて
右大臣(いまでいえば総理大臣)という高位に任ぜられた立派な方でありますが
俊才のあまりこれをねたむ者の偽計により、流罪にあわれ牛車で送られる道中、
牛によって待伏の賊の難をまぬがれたと伝えられその他牛にまつわる伝説も
多く残っています。

以来牛は天神さんの使といわれまた教育の基本の象徴ともいわれます。

即ち牛を見習え(反芻・はんすう=くりかえし)は
何事も出来ない事は無しと諭しています。

臥牛の像は「撫牛」として古くから学芸上達・試験合格・虫封・厄除等の信仰があり
「願かけなで牛」はこれを土で模して作ったもので勉強机・床の間などに置き
なでながらご祈願してください。
心が落ち着き頑張る勇気が湧いてきます。
お礼詣には「なで牛」をご神前にお返し又は毎年新しいのと
取り替えるならわしです。
云々。。。


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