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那須湯本、殺生河原にて。

=== 案内板より ===
那須温泉
那須は温泉に恵まれており、湯本鹿の湯をはじめ大丸・北・弁天・
高雄・三斗小屋・旭・八幡・新那須・飯盛など数多くの温泉があります。
中でも那須湯本鹿の湯の歴史は古く舒明(じょめい)天皇の御代(奈良朝630年)に
狩野三郎行廣が、白鹿にみちびかれて発見したということです。

正倉院古文書駿河国正税帳に、奈良朝時代の貴族が
湯本温泉に湯治に来たことが記載されており、
古くから湯治の場として親しまれ今日に至っております。
左の絵は、明治38年ごろの湯本温泉を描いたものです。
云々。。。


那須湯本「殺生河原」でありますっ。


那須湯本、殺生河原にて。

数多くの伝説や云われが残るエリアですが、
やはり有名なのは「殺生石」にまつわる〝九尾の狐〟ではないでしょうか?
こちらの「盲蛇石」は、その殺生石の手前、
殺生河原に入って間もなくにあります。


===
盲蛇(めくらへび)石 -その名の由来-
昔、五左ヱ門という湯守が長くきびしい冬を越すために
山に薪を採りに行きました。
その帰り道五左ヱ門がこの殺生河原で一休みしていると、
2メートルを超える大きな蛇に出会いました。
大きな蛇の目は白く濁り盲の蛇でした。
かわいそうに思った五左ヱ門は、これでは冬を越せないだろうと
蛇のためにススキと小枝で小屋を作ってあげました。

次の年、蛇のことを忘れなかった五左ヱ門は、
湯殿開きの日に小屋に来て蛇をさがしました。
しかし、蛇の姿はどこにもなく、かわりにキラキラと輝く湯の花がありました。
盲蛇に対する温かい気持が神に通じ、湯の花のつくり方を教えてくれたのでした。

その後、湯の花のつくり方は村中に広まり、
村人は盲蛇に対する感謝の気持を忘れず、
蛇の首に似たこの石を盲蛇石と名付け大切にしたのだそうです。
云々。。。


那須湯本、殺生河原にて。

先へ進むと、かつて湯の花を採取していた、
採取場(湯畑)の跡があります。

===
「湯の花の縁起」
この地域一帯を「殺生石賽ノ磧(さいのかわら)」と呼び、
地温は地表で80度から90度、地下30メートルは100度となって、
烈しい噴気が立ち上がっていました。
この地表からの噴気を活用し湯畑を作り
特殊な製法で昇華(しょうか)させたものが「湯の花」です。
約100日程で「湯の花」の結晶体が出来ます。


那須湯本、殺生河原にて。

当時の「湯畑」の一部を再現したものです。
この湯畑で採集した湯の花は水に溶け易く、家庭のお風呂に入れると、
鹿の湯源泉と同じ様な薬効があり、お土産として人気がありました。
地元では茄子の漬物(塩漬け・糠漬け)等に一寸容れると色合いが良く出ます。
亦、刺身のつまの千切り大根を水につける時に少し入れると
シャキシャキ感が出るので、日常生活にも使用していました。
昭和18年以降は「湯の花」の採集は行われなくなりました。
云々。。。



以前の記事はこちらから。
温泉神社。[那須町湯本]

【殺生河原】
@栃木県那須郡那須町湯本

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