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生品神社。ikushina-jinja [太田市]

生品神社」です。
in 太田市藪塚町。


生品神社。ikushina-jinja [太田市]

一つ目の「鳥居」のすぐ右手にある覆屋。
こちらに保存されているのが縄文時代の住居跡、
生品神社敷石住居跡」です!

以前、間違って、新田義貞さんが挙兵したと伝わる
別の生品神社に探しに行っちゃったんですよねー(汗、、、


生品神社。ikushina-jinja [太田市]

=== 案内板より ===
生品神社敷石住居跡
この住居跡は、昭和60年8月に、調査中に見つかったものです。
赤褐色の安山岩系の石は、この辺では見つかっていません。
住居は中央の炉を中心に六角形に、石を敷いて造られています。
(炉の北側の石を中心に半径1.8mの円)、南側にある小さな炉状のものには
火を使った跡がなく、入口に造られていることから魔除けのようなものであろう。

このような住居跡は、この付近ではめずらしいもので、出土遺物等から、
縄文時代後期末(4000年程前)のものと考えられる。

なお境内には土器片が散乱しており、縄文時代の集落があったようです。
云々。。。


生品神社。ikushina-jinja [太田市] 生品神社。ikushina-jinja [太田市]

先、行きましょう。
こちらは二つ目の鳥居と、
人生路の塚?〝しあわせ〟と書かれた額があります。


生品神社。ikushina-jinja [太田市] 生品神社。ikushina-jinja [太田市]

脇祭神「恵比寿大神」と御祭神「大国主大神」の像。


=== 石碑より ===
ふるさとと生品神社の由来
中原の歴史についてはいろいろな資料から次のようなことが言へる。
境内にある敷石住居は、約4000年前のものであり、この神社を中心に、
4000年から3000年程前縄文時代の遺跡があり、
集落があったことがわかっている。
このような古い時代の祭祀跡に生品神社が建てられたと考えられる。


生品神社。ikushina-jinja [太田市]

この神社の由来は、平安時代の書物に「生階」神社の名があり、
生品神社のことであると思われる。
祭神は、大穴牟遅神(大国様)という出雲神話に出てくる神であり、
医薬・風の神である。


生品神社。ikushina-jinja [太田市]

昭和60年代の発掘調査により、この神社の南東部で現在の水田地下からは、
たくさんの平安時代以降の住居跡が見つかっている。
このことからも集落の北西に生品神社を祀っていたと想像でできる。
しかし、寛文10年頃に岡上景能公による開田計画によって、
集落が中原と台に別れたので、神社はそのままの位置で現在に至っている。
祭典は春秋二回行われている。


生品神社。ikushina-jinja [太田市]

この碑と同時に、秋葉神社・牛之塔にもそれぞれ碑を建立したが、
その外にも、薮塚氏の墓や祖先から伝えられている旧跡などが数々ある。
云々。。。


以前の生品神社はこちらから。
生品神社。[太田市]

【生品神社】
@群馬県太田市薮塚町

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