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城之内古墳in城之内公園、in大泉町。

城之内古墳in城之内公園、in大泉町。 城之内古墳in城之内公園、in大泉町。

大泉町「城之内公園」です。
戦国時代にあった小泉城が、公園として整備されたもの。
桜の季節に来て以来です。

本丸を囲む水堀が綺麗に残されています★
水に浮いているのはミドリガメかな?


=== 案内板より ===
小泉城跡(富岡城跡)
小泉城は、延徳元年(1489)富岡主税介直光が縄張りをしたことに始まり、
以後富岡氏六代、約100年余の居城として栄え、威容を整えたものである。
現在の城跡は、小田原北条氏の傘下に入ってから改築されたものと
考えられている。

城の形態は平城で、本丸、二の丸、三の丸からなり、中心部は回字型をもつ
囲郭式平城の典型で、県内でも有数の城跡である。

本丸の水堀と土塁、三の丸の一部の水掘と土塁がかなり良好な形をとどめている。
本丸北東隅の「櫓台跡」と西南隅の「折り」と「櫓台跡」は、
正面、北面、西南面を防護する横矢櫓の構えを明瞭に残していて、
戦国期城郭の特徴をよく遺存している。

天正18年(1590)、小田原北条方に組みしていた富岡氏は、
豊臣氏の小田原攻めとともに破れ、廃城となった。
云々。。。


城之内古墳in城之内公園、in大泉町。

そして、この公園の一角にあるのが、
城之内古墳」でありますっ。


城之内古墳in城之内公園、in大泉町。

===
城之内古墳
この古墳は、大泉町城之内×××の○○○氏の宅地内にあったものを、
昭和43年に発掘調査を行い、大泉町の歴史を解明するうえで
欠くことのできないものであるところから昭和53年現地に移築した。

古墳の主体部は、片袖型の羨道をもつ横穴式石室で、
玄室は北武蔵地方に多く見られる
三味線の胴のような形をした胴張型という特殊な形態である。


城之内古墳in城之内公園、in大泉町。

築造時期は、太刀、耳環などの出土遺物や石室の形態などから
7世紀後半(古墳時代後期)の築造と考えられる。
云々。。。


城跡に古墳あり。
古墳に歴史あり。。。
なかなか良いものを拝見できました★



以前の城之内公園はこちらから。
桜 ~ SAKURA ~ April, 2012 [邑楽郡大泉町*城之内公園]
以前の古墳はこちらから。
お富士山 ofujiyama 古墳。[伊勢崎市]

【城之内古墳】
@群馬県邑楽郡大泉町

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