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染羽天石勝神社。[益田市]

益田市にある延喜式内社、
染羽天石勝神社(そめばあめのいわかつ)」にやって参りました。
この地を開いた春日族が、磐神を祀ったのが始まりと云われる古社です。
「手水舎」でお清めし、ささ、参りましょう。


染羽天石勝神社。[益田市]

=== 案内板より ===
染羽天石勝神社(そめばあめのいわかつじんじゃ)本殿
染羽天石勝神社は、社殿の東側、弁天池の背後にある注連岩を石神とした
自然崇拝を起源とし、神亀2年(725)に天石勝命を祭神として創建されました。

『延書式』に美濃郡五座のひとつとしてその名がみえ、
後に滝蔵権現と呼ばれるようになりました。
承平元年(931)に社殿西側の高台に別当寺の勝達寺を建立し、
中世には益田氏の庇を受けて発展しました。
明治の廃仏毀釈に伴い勝達寺は廃寺となり、
神社も名を染羽天石勝神社と改めました。
なお、勝達寺の本尊であった不動明王坐像は鎌倉の極楽寺に現存し、
国の重要文化財に指定されています。


染羽天石勝神社。[益田市]

本殿は、天正9年(1581)に火災で焼失しましたが、
益田藤兼・元祥親子により再建されました。
その後、江戸時代に修理され、昭和12年に解体修理、
昭和39年及び平成10年・11年に屋根の葺き替え工事が行われています。

本殿は三間社流造で、三間×三間の身舎(もや)の前に
奥行一間の吹放し板張りの庇床を設け、両側のみに高欄付きの縁をもちます。
このような構造は、重要文化財指定の建造物の中では唯一のものです。

本殿の特異な平面構成と装飾彫刻の蟇股や
手挟に見られる桃山時代の特色から、昭和4年に国宝となり、戦後、
文化財保護法の制定に伴い、改めて重要文化財に指定されました。
云々。。。


染羽天石勝神社。[益田市]

弁天池のうしろにある、


染羽天石勝神社。[益田市]

大きな岩。
こちらの神社さんの起こりとなった
自然崇拝(磐座)でしょうか?


染羽天石勝神社。[益田市]

本殿の隣にあった「境内社」と、


染羽天石勝神社。[益田市]

「米原恭庵頌徳碑」。
益田市医師会の方々が恭庵さんの功績を讃え、
建立したものです。


=== 案内碑より ===
米原恭庵頌徳碑
米原恭庵は若くして医学を志し、
17歳で江戸に上り西洋法内外科及び牛痘種法等を修学。
21歳のとき当時の高角村(現高津町)で痘瘡(天然痘)が流行したため、
私財を投じて500余名の地元民に牛痘を施し、大成功を収めこの災疫から救った。
ジェンナーの種痘法後50年を経た嘉永2年(1849年)7月17日に、
オランダのモーニッケが長崎で日本初の牛痘接種に成功しているが、
そのわずか2ヶ月後に僻地に住む恭庵が新しい種痘法を実施したことになる。
云々。。。


ヒジョーに古い歴史を持つ神社さんでした☆

また来たい、また来てみよう、
染羽天石勝神社。。。



以前の記事はこちらから。
萬福寺。[島根県益田市]

【染羽天石勝神社】
@島根県益田市染羽町

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