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小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

太田市にある縄文遺跡。
中溝・深町遺跡」であります。
発掘調査の後〝小金井史跡公園〟として整備された憩いの場。
知らなかった~、初めて来ました☆


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

=== 案内板より ===
小金井史跡公園
この公園は、新田東部工業団地の造成に伴う発掘調査で発見された
「中溝・深町遺跡」を保存する目的で作られました。
遺跡には、上の絵にあるような古墳時代前期(今からおよそ1600年前)頃の
建物跡や堀跡、井戸跡がありました。

手前に見えるのは、石組みの井戸とまつりを行なう特殊な掘立柱建物です。
奥に見えるのは、堀で方形区画し、その内側に建てられた大型掘立柱建物です。
堀の外側には倉庫があり、一般の村とは明らかに異なっていました。
これらの特殊な遺構に加え、小銅鐸や銅鏡などが出土しました。
このようなことから、「中溝・深町遺跡」は、この地域を治めていた豪族に関わる
貴重な遺跡として県の史跡に指定(平成10年3月24日)され、
「小金井史跡公園」として保存されることになりました。
云々。。。


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

〝古墳時代前期から中期(今からおよそ1600年前)の遺構〟
~案内板の写真より~


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

===
特殊な掘立柱建物と石組みの井戸
写真(奥)の掘立柱建物跡は東西、南北とも約8mの正方形で、
柱が二重にめぐる特殊な構造でした。
西側(手前)には浅い石組みの井戸が2基あり、正方形に柄をつけたような
形をしていました。

これらの井戸は、掘立柱建物跡の方に向き、それぞれ平行に配置されていました。
井戸から出土した土器の年代から右(南側)が古く、
左(北側)が新しいということがわかりました。
この2つの遺構から、豪族が水にかかわる「まつり」を行った場所だと
考えられています。
云々。。。


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

〝古墳時代前期(今からおよそ1600年前)の遺構〟
~案内板の写真より~


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

===
方形の区画と大型掘立柱建物跡
方形の区画は東西約47m、南北約20mの大きさで、周囲の堀は
ほぼ東西対称に掘られていました。
この堀の北側中央部には土橋があり、西側と南側の2か所は四角く張り出しているため、
この場所には橋をかけていたと思われます。

区画内には太い柱を使った2棟の大型掘立柱建物跡が東西対象に配置されていました。
さらに、堀の外側には倉庫とみられる建物跡がありました。
このようなことから、これらの遺構は当時この地を治めていた豪族の居館跡か、
祭殿跡であろうと考えられています。
云々。。。


小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)。【太田市】

近くにある〝茶臼山古墳〟との関係も指摘されているそうで、
なかなか興味深い遺跡であります♪



以前の遺跡はこちらから。
北沢川の大石棒。[長野県佐久穂町]

【小金井史跡公園(中溝・深町遺跡)】
@太田市新田小金井町

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