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古海原前1号墳。

=== 案内板より ===
古海原前1号墳
この古墳は、利根川左岸の洪積台地上に位置します。
長い年月の間に大きく姿を変えてしまいましたが、もとは右の図のように
帆立貝の形をした全長約53mの帆立貝式古墳であったと考えられています。
昭和59年度に行われた発掘調査により、遺骸を納める場所である
主体部が縦に4基重なった状態で発見され、全国的にも非常に珍しい
古墳であることが明らかになりました。

また、古墳の墳丘直上からは、西暦550年頃に爆発した榛名山二ッ岳の
火山灰が確認され、出土した須恵器という土器の年代をも参考にして
5世紀末に造られたことがわかりました。


古海原前1号墳。

歴史的環境
群馬県は、日本で最も古墳の多い県の一つとして知られ、昭和初期の調査では、
8432基が数えられました。
これらの古墳は、高崎市周辺、前橋・伊勢崎市周辺、
太田市を中心とする地域に集中する傾向が見られます。

中でも太田地域には、東日本最大の天神山古墳などの大型前方後円墳が
所在する地域として有名です。また、県内最古式に属する円筒埴輪や
国宝武人埴輪などの優れた形象埴輪も発見されています。

大泉町のこの付近からも「椅子に座る巫女」埴輪や馬型埴輪などが見つかり、
国の重要文化財に指定されています。

一方、利根川の斜め対岸には、辛亥銘鉄剣が出土した稲荷山古墳を含む
埼玉古墳群が位置します。


古海原前1号墳。

古墳からは様々な遺物が出土しました。
中でも特に重要なものは白銅製の鏡です。
鏡といえば現在は姿をうつすだけのものですが、古代この白銅製の鏡は
権力を象徴するようなものであったと思われます。
古海原前1号墳出土の鏡は、同向式画文帯神獣鏡と呼ばれるもので、
同じ型のものが全国でこれまでに23面発見されています。
おそらく当時日本の広い地域に影響力を持っていた権力者から
配られたものでしょう。

このように、当時の権力者や社会の性格を考えるうえで、極めて貴重な鏡のほか
大刀や馬具、鉄製ひな形(鎌・鉋・斧)などの豊富な遺物が出土したことも大きな特徴です。
墳丘上には円筒・形象埴輪も立てられていました。
云々。。。

古海原前1号墳。

===
古海原前1号墳主体部
主体部
主体部は、墳頂部付近で4基上下に重なって見つかりました。
最下位のものは、棺を粘土で覆った粘土槨、その上から最上位のものは、
棺を河原石で覆う礫槨という構造のものでした。
礫槨は、北関東・利根川、中流域に多く分布しています。
棺の構造は竹を縦に2つに割ったような形の割竹形木棺と考えられています。

4基の長軸は、全て東西方向をとり、東が西に比べてわずかに高く、
幅広で、櫛の出土位置をも参考にすると、当時県内で一般的な
東枕で埋葬されたようです。
また棺床面には赤色物を塗った跡が認められました。
云々。。。


大泉町にある「古海原前1号墳」です。
前回いった赤城塚古墳と同じく、神獣鏡が出土した古墳です。



以前の古墳はこちらから。
赤城塚古墳と西丘神社。[邑楽郡板倉町]

【古海原前1号墳】
@群馬県邑楽郡大泉町

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