ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2017/09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/11

櫛田神社の飾り山笠。

櫛田神社境内に展示されている「飾り山笠」。
博多を代表するお祭りのひとつ〝博多祇園山笠〟で使われる
高さ10メートルを超える大きな山車です。

こちらは〝表〟の「男毛剃乃心意気」。


=== 案内板より ===
博多祇園山笠
「博多祇園山笠」は福岡を代表する祭りで、13世紀の半ばに
疫病退散を願って始まったと言われています。
祭りの期間は7月1日から7月15日まで。市内10数か所に高さ10メートルを超える
豪華絢爛な飾り山笠が建ち、7月10日からは勇壮な7つの舁き山笠が
男たちに担がれ博多の町を走ります。
そして、7月15日の早朝4時59分、一番山笠の豪快な櫛田入りのあと、
次々と7つの舁き山笠が市内およそ5キロコースを走る「追い山笠」で
クライマックスを迎えます。

山笠の人形や飾りは、博多伝統の人形作家の手によって作られ、
その題材は歴史や神話に基づくものが多く採用されています。
舁き山笠と飾り山笠は祭りが終わると同時に解体されますが、
ここ、櫛田神社の飾り山笠は特別に1年中展示されています。
云々。。。


櫛田神社の飾り山笠。

〝見送り〟は「倭建東征走水譚・やまとたけるとうせいはしりみずのたん」。

見送りの説明文です↓
===
倭建東征走水譚
景行天皇の御子である倭建命は、天皇より「東西の国の荒ぶる神々、
また従わない者たちを平定せよ」と命じられました。
天皇の命令を受けた倭建命は伊勢の神宮に参拝し、その地にいた伯母の
倭比売命(やまとひめのみこと)から草那芸剣(くさなぎのつるぎ)を授かり、
また「困った事があれば、この袋を開けなさい」と一つの袋を授かりました。

倭建命は相武国(神奈川県)に着いたとき、この国の国造(豪族)から
「この野の中に大沼があり、沼の中に住む神はとても強い力がある神です」と聞き、
その神を見ようと野の中に入っていきました。
ところが、その国造は野に火を付けたのです。欺かれたと知った倭建命は、
倭比売命から授かった袋を開けました。袋の中には火打石が入っていました。
そこで先ず草那芸剣で草を刈り払い、火打石で向火をつけて焼き退け、
無事に脱出し、この国を平定する事ができました。今にこの地を焼津(やいづ)と言います。

さらに東に進み、走水海(浦賀水道・東京湾の入り口)を渡ろうとしたとき、
その海の神が波を起こし、船をぐるぐると回したため、渡ることができませんでした。
そこで倭建命の后の弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)が
「私が皇子の身代わりとなって海中に身を沈めましょう」と言い、
幾重にも重なった菅・毛皮・絹の敷物を波の上に敷いてそこに降りました。
すると、荒波は自然と収まり、船を進める事ができたのです。
そして7日後、弟橘比売命の櫛が海辺で見つかりました。その櫛を取り、
御陵(墓)を造って納め葬りました。

倭建命は荒ぶる神、従わない者たちをことごとく平定して、
大和国(奈良県)に帰る途中に自分のために身を犠牲にした妻を思い
「ああ、わが妻よ」と嘆きました。

この飾り山笠は倭建命の東征の一場面を表しております。
云々。。。



以前の記事はこちらから。
櫛田の銀杏と蒙古軍の碇石。[博多区*櫛田神社]

【櫛田神社】
@福岡県福岡市博多区

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する