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旧中島飛行機(株)呑龍工場と中島知久平

呑龍さまにお参りに行く途中、
1枚の案内板が目に留まりました♪
フジジュウ、そう!「旧中島飛行機」の案内です★


=== 案内板より ===
旧中島飛行機(株)呑龍工場と中島知久平
眼前の工場は大正6年(1917)12月10日、飛行機王中島知久平が
尾島から飛行機研究所をここに移し、9名程の同士と創業し、
中島飛行機製作所と改める。
後の富士重工業(株)群馬製作所の発祥の地である。


旧中島飛行機(株)呑龍工場と中島知久平

スバル360
●生産期間 1958年(昭和33年)3月~

●生産期間 1969年(昭和44年)7月~
●総台数  392016台



ここで製造された中島の出世機「中島式四型6号機」は、大正8年10月の
第1回懸賞郵便飛行競技大会で優勝し中島飛行機の名声を一気に高めた。

太田市街の東端に新工場が完成してからは、
ここは呑龍工場(現北工場)と呼ばれた。

創業者中島知久平は明治17年(1884)1月17日、尾島町押切で
農家の長男として出生。
海軍機関学校を卒業し海軍機関大尉まで昇進したが、
民間での飛行機製造を志して退役、中島飛行機の創立と経営に当った。


旧中島飛行機(株)呑龍工場と中島知久平

ラビットスクーター
●生産期間 1946年(昭和21年)8月~

●生産期間 1968年(昭和44年)6月~
●総台数  637895台



昭和5年(1930)2月、衆議院議員に当選し政友会総裁、商工政務次官、
鉄道大臣(後に商工大臣)などを歴任した。
同24年(1949)10月29日、脳溢血で急逝、多摩霊園及び押切の徳性寺に眠る。
行年六十六。
法名は知空院殿久遠成道大居士。
云々。。。


憧れのスバル360。R2は乗ったことあるんだけど、
レストアしたピッカピカの、乗りたいなぁ~。



【旧中島飛行機(株)呑龍工場】
@群馬県太田市金山町

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