FC2ブログ
ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2019/09123456789101112131415161718192021222324252627282930312019/11

日知屋城跡。[宮崎県日向市]

日知屋城跡。[宮崎県日向市]

「大御神社」のお隣、
周りを海に囲まれた一画にある城跡です。
日知屋城跡」にやって参りました★


日知屋城跡。[宮崎県日向市]

日知屋城跡。[宮崎県日向市]

やって参りました、と言っても
大御神社のすぐ隣なのですが(汗、、、

=== 案内板より ===
日知屋城跡 堀切
岬の城である日知屋城跡を陸地から攻められにくくするために
掘られたU字形の溝が「堀切」です。
ただこの場所は岩場であるため深い溝を掘るのは大変な
作業だったと思われます。
云々。。。


日知屋城跡。[宮崎県日向市]

日知屋城跡。[宮崎県日向市]

===
日知屋城跡 西の曲輪
日知屋城は西側だけが陸とつながっていて、敵に攻められやすい
弱点をもっています。
そこで本丸を守るため尾根の西側に城兵のこもる曲輪をつくりました。
ここでは城兵たちが野営の際に利用した石組の囲炉裏跡が発見されています。
云々。。。


日知屋城跡。[宮崎県日向市]

遊歩道も整備されていて、なかなか快適な散策です♪
あちこちに石垣も見られますが、当時のものなのかな?


=== 案内碑より ===
日知屋城由来
日知屋城は鎌倉時代の末期から室町時代の半ばころまでの間に
この地方の地頭職であった伊東氏(工藤祐経の後裔)によって築かれ、
天正年間まで同氏の居城であった。


日知屋城跡。[宮崎県日向市]
日知屋城から見た大御神社

当初、塩見城に在って富高、塩見荘一円を支配していた土持氏に対向するための
重要な砦であったから、天然の地形を利用して、かなり堅固に築かれていたらしい。
後に土持氏を駆逐して塩見城が伊東氏の領するところとなってからも
北方の一大勢力であった大友氏に対する戦力的拠点として門川塩見城とともに
その存在価値は薄れなかった。

伊東氏は祐国、伊佑の時代から飫肥城の攻防をめぐって島津氏と確執が続いた。
その戦いで祐国が戦死したとき弟の日知屋城主祐邑は、
大友と結んで伊東家の安泰をはかり島津氏に当たるべく画策し、
かえって一族の誤解を受け、この城内で暗殺された。


日知屋城跡。[宮崎県日向市]

智勇兼備の名将として人々に慕われた祐邑の死をおしんで
いまこの地方には、日知屋城にまつわる多くの伝説が語りつがれている。
云々。。。



以前の記事はこちらから。
さざれ石と龍神の霊(玉)。[宮崎県日向市]

【日知屋城跡】
@宮崎県日向市日知屋

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する