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岩松八幡宮。[太田市]

岩松八幡宮。[太田市] 岩松八幡宮。[太田市]
(写真はクリックで大きくなります。)

真っ赤な鳥居がとても印象的。
太田市にある「岩松八幡宮」です。


=== 案内板より ===
岩松八幡宮
誉田別命(ほんだわけのみこと・応神天皇)を祭神とするこの社は、
市野井(新田町)の生品神社、鹿田(笠懸村)の赤城神社と共に
新田の三社といわれ、明治5年栃木県(当時この地は栃木県に属した)
において郷社に列せられた。


岩松八幡宮。[太田市]

岩松八幡宮。[太田市]

創建は仁安年中(1166~1169)新田義重が京都大番のおり
山城国男山より小松を持ち帰り、この地に植えて岩清水八幡を勧請し
岩松八幡宮と称した。
以来犬間(いぬま・猪沼)郷を岩松郷に改めたという。


岩松八幡宮。[太田市]

八幡宮は源氏の守護神として崇敬され、新田の庄各地に分霊が奉祀された。
岩松八幡宮が新田の総鎮守といわれるようになったのは、
南北朝以来新田の庄の実権が岩松氏に移ったことによると考えられる。


岩松八幡宮。[太田市]

正木文書「新田庄田畠在家注文 嘉応2年(1170)目録」の中で
「八幡のミやに二町五反」の除地の記載があり、
これが一社のものであるかどうかについてはつまびらかでないが、

岩松八幡宮。[太田市] 岩松八幡宮。[太田市]

応永11年(1404)の村田郷地検目録には八幡神田が筆頭に記され、
応永17年(1410)の上今居郷地検目録が八幡天神に起請(誓いをたてる)
して作成されていることは、当時両郷とも岩松氏の支配地であったことから
岩松八幡宮と見られる。


岩松八幡宮。[太田市]

また、世良田長楽寺の住僧松陰西堂の「松陰私語」に
金山城主岩松尚純(ひさずみ)の一子夜叉王丸が七歳の時
当家代々の慣例により当八幡宮において元服し昌純と名乗ったとの記述も見られ、
往昔この社の隆盛と庄内での崇敬のほどがうかがわれる。
なお境内には新田義貞を祭神とする摂社新田神社がある。
云々。。。



岩松尚純夫婦の墓。[太田市*尚純萩公園]
岩松館跡。[太田市*青蓮寺]

【岩松八幡宮】
@群馬県太田市岩松町

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