ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2017/09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017/11

太田市、大舘八幡宮。その1

太田市にある「大舘八幡宮」です。
正面に一つ目の「鳥居」。


太田市、大舘八幡宮。その2

そのすぐ後ろに二つ目の「鳥居」。


太田市、大舘八幡宮。その3

太田市、大舘八幡宮。その4 太田市、大舘八幡宮。その5

「拝殿」。
極彩色の施された神獣の彫刻。くすんでしまっていますが、
かつては綺麗に彩られていたのでしょう。


太田市、大舘八幡宮。その6

「本殿」は覆屋で保護されています。

=== 案内板より ===
大舘八幡宮
大舘字吹上に鎮座、創建年代は不明であるが、
大舘は平安時代末期からの文書に出てくる古い地名であり、
新田義貞の曽祖父、政氏の弟にあたる、大舘家氏が
この地に勧請したと伝えられる。


太田市、大舘八幡宮。その7 太田市、大舘八幡宮。その8

祭神は誉田別命(ほんだわけのみこと・応神天皇)で、源氏の守護神とされ、
新田荘各地に勧請されたが、現在は地名などとしてのこるものが多く
社として現存するのは郡内でも数社である。
瓦葺の覆屋がかけてあり、本殿は軒唐破風檜皮葺の荘重なものである。

文禄3年(1594)から大舘村外七ヵ村、二千石の上州の飛地を領した
弘前藩の記録によると、弘前より分家した黒石二代、津軽信敏が天和2年(1682)に、
上州大舘に八幡の祠を建つとある。
また村内には、八幡の神像を軸装としたものが伝えられており、その記銘に
「天和三暦(1683)癸亥8月15日、領主津軽藤原朝臣信敏、上州新田荘大舘八幡宮
奉再興」とあることからして、300年の星霜をたどることができるとすれば、
本殿は信敏再建のものと思われる。
云々。。。


太田市、大舘八幡宮。その9 太田市、大舘八幡宮。その10

新田一族の大舘さんが勧請したと伝わる
古い神社さんです。
江戸時代にこの土地(旧尾島町)の領主、津軽信敏さんによって
本殿が再建されたのもオモシロイですね、



【大舘八幡宮】
@群馬県太田市大舘町

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する