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泣き燈籠と伊勢宇橋の碑。[草津温泉]

昔、草津温泉が湯治場だった頃に建てられた燈籠です。
運動茶屋公園の辺りを探していたのですが、どうにも見つからなく、
道の駅にある観光案内所のお姉さんに聞いてみたらすぐそこでした★
外湯「躑躅の湯」のとこです。
その名も「泣き燈籠」!


=== 案内板より ===
泣き燈籠
以前は現在地の南方約50米(メートル)、旧江戸道と沢渡道の
分か去れ地に建っていた。

万延元年(1860)上州新田郡阿久津村白石栄左衛門(しらいしえいざえもん)なる人、
若かりし頃来浴の折、この地にて行き倒れとなり終夜泣きあかしたが、
後年その思い出に、また他の人々の道標にもと草津入浴四十度、
宿痾全快を記念し霊泉への感謝の念を以って寄進されたものである。


泣き燈籠と伊勢宇橋の碑。[草津温泉]

当時の入浴客は長逗留のため湯宿との交情を深く持ち、
帰郷の折は宿の女中や残る客がここまで見送って別れを惜しんだことから
誰言うことなく泣き燈籠と呼ぶようになった。
云々。。。


当時の風景が偲ばれる話ですが、
この燈籠を寄進した白石栄左衛門という方。
〝油長者〟の異名を持つ、相当な大富豪の方だったようです。

て、いうか、伊香保神社にも燈籠を奉納されているんですね。
大の温泉好きだったのかな~。。。
伊香保神社と石段街。★渋川市


泣き燈籠と伊勢宇橋の碑。[草津温泉]

泣き燈籠の隣に建つのが「伊勢宇橋の碑」です。

===
伊勢宇橋の碑
天保(1830~1843)の頃、江戸浅草花川戸の伊勢屋宇平衛という
常陸国(現茨城県)出身の商人が、長年の病を草津湯治で全治したことに感謝して、
草津への道筋の沢に土橋や石橋を架け、湯治客の難儀を救いました。

また草津の湯宿山本十右衛門が世話人となり、
橋のたもとに「伊勢宇橋碑」を建てました。

それから150有余年、橋も碑も風雪に流され、
又は埋没して草津に現存するのは僅かに三基だけです。
云々。。。


泣き燈籠と伊勢宇橋の碑。[草津温泉]

こちらの伊勢屋宇平衛さんという方も破壊力抜群の
豪商の方のようです。
世話人となった山本十右衛門さんというのは、
今の「山本館」さんでしょうか?

ナニゲに面白い草津温泉の歴史が見れました★



以前の草津温泉はこちらから。
お宿 平の家。[草津温泉]

【泣き燈籠】
@群馬県吾妻郡草津町南本町


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