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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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福岡市志賀島・志賀海神社。その15

前回に引き続き「志賀海神社」です。
背の高い「楼門」。カッコイイですネ。


福岡市志賀島・志賀海神社。その16

楼門の手前にある「神橋」。
紙垂が廻らされていて渡ることは出来ません。
特別な日とかに開くのかな?

そして。。。


福岡市志賀島・志賀海神社。その30

「拝殿」です。
おおー。。。


=== 案内板より ===
志賀海神社 略記
御祭神
左殿 仲津綿津神(なかつわたつみのかみ)
中殿 底津綿津見神(そこつわたつみのかみ)
右殿 表津綿津見神(うはつわたつみのかみ)

御由緒
古来、玄界灘に臨む交通の要衝として聖域視されていた志賀島に鎮座し、
「龍の都」「海神の総本社」と称えられ、海の守護神として
篤く信仰されている。
御祭神は、伊邪那岐命が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において
禊祓(ミソギハラヒ)をされた際に、住吉三神と共に御出現された
綿津見三神で、神裔阿曇族によって奉斎されている。


福岡市志賀島・志賀海神社。その22

御祭神が、禊祓で御出現された神であることから不浄を特に嫌い、
諸々の穢・厄・災・罪を祓い清め、また、
海の主宰神であることから水と塩を支配し、
私達の生活の豊凶をも左右する御神威を顕現されている。

当社の創建は明らかではないが、
古来、勝馬の地に表津宮・中津宮・沖津宮の三社で奉斎されていた。
2世紀(遅くとも4世紀)に表津宮(底津綿津見神)が当地勝山に遷座、
併せて仲津綿津見神・表津綿津見神が奉祀されたと伝えられる。


福岡市志賀島・志賀海神社。その23 福岡市志賀島・志賀海神社。その24
(写真はクリックで大きくなります。)

往時の社殿は壮麗で、末社375社、社領50石を有し、
奉仕する者も100数十名いたなど繁栄を極めた。
社伝には神功皇后の伝説を多く残し、元冦の役など国家の非常の際に
嚇々たる御神威を顕示されたことから、社格も貞観元年(859年)従五位上、
『延喜式』には明神大社、大正15年(1927年)には官幣小社の処遇をうけている。
云々。。。


福岡市志賀島・志賀海神社。その18 福岡市志賀島・志賀海神社。その19 福岡市志賀島・志賀海神社。その20

境内に入ってすぐ目につくのは「遥拝所」。
ここからの眺めは素晴らしく綺麗。
足元には「亀石」があります★

===
亀石 遙拝所
その昔、神功皇后が三韓へ出兵される際、正面対岸の打昇浜にある
亀ヶ池亀住池の辺りにて無事凱旋できるよう阿雲磯良丸を通じ祈願され
七日七夜の神楽を奏されました。
すると、黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が出現され、
皇后へ千珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り導いたと伝えられ、
黄金雌雄の亀は亀ヶ池亀住池に放たれましたが、後に石となって、
現在の金印公園近くに現れ、寛文10年(1671)4月11日に社前に納められました。

遙拝所は、右斜め対岸の大嶽神社・小嶽神社と
正面真東の伊勢の神宮、宮中三殿等を拝します。
云々。。。

福岡市志賀島・志賀海神社。その21

===
鹿角庫
その昔、神功皇后が対馬にて鹿狩りをされ
その角を多数奉納されたことが起源とされる。
鹿の角は、祈願成就の御礼に奉納され、中にはウキを付けて海に流されてきたものを
漁師が拾い上げ奉納したものなどがある。現在では約1万本以上を数える。


福岡市志賀島・志賀海神社。その25

境内にある「今宮神社」。


福岡市志賀島・志賀海神社。その27

奥から「熊四郎稲荷」「秋葉社」「松尾社」。


福岡市志賀島・志賀海神社。その29

「荒神社」「祇園社」「大神宮社」「惣社」。


福岡市志賀島・志賀海神社。その28

「磯崎社」。

う~ん、なんだかスゴイなぁ。

神功皇后の伝説を色濃く残している志賀海神社。
そして、元冦の役の舞台ともなった志賀島。
ご馳走テンコ盛りで、ひとつひとつ調べて行ったら
キリがなくなりそう。。。

ナニゲに興奮度も高く、やはり興味シンシンとなってしまう
神社さんでした☆

また来よう、
また来て見たい志賀海神社。。。



以前の記事はこちらから。
志賀海神社 shikaumi-jinja。Vol.1 [福岡市志賀島]

【志賀海神社】
@福岡県福岡市東区志賀島


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