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三国街道 中山宿新田本陣跡。その4

=== 案内板より ===
三国街道と中山宿
中山道高崎宿から分かれ、金古、渋川、北牧、中山、下新田、
永井を経て、三国峠をこえ、越後、佐渡に至る街道である。
別に五料から玉村を経て金古に合う道も地方的に三国街道といっている。

表裏日本を結ぶ最短路で、北越長岡、新発田など五大名と
佐渡奉行の通路で、宿人馬は25人25疋(ひき)であった。


三国街道 中山宿新田本陣跡。その3

通過商品は越後米が最も多く、その他鉛、海産物で
佐渡の金も街道を通った。

現在の国道17号線が中山峠越えをさけ、他はほぼ旧道を通っている。
云々。。。

中山宿、2つ目の本陣は「新田本陣跡」です★


三国街道 中山宿新田本陣跡。その1

===
平形家住宅門屋
この住宅門屋は、三国街道中山新田宿本陣の長屋門として、
江戸時代末期に建てられ、郵便制度発足後間もない明治6年、
旅籠の一部を改造し中山郵便局として開局、
昭和41年まで使用された。

伝統的な二階建て木造建築で、
江戸時代の問屋としての旅籠の客室と、幕府公用便を扱った本陣が、
新しい時代の郵便局に変わっていった様子を伝える貴重な建造物である。
云々。。。

三国街道 中山宿新田本陣跡。その5

本陣の隣にあった、小さな神社や石碑。
うっそうと生い茂る竹林かな~、と思っていたら。。。


三国街道 中山宿新田本陣跡。その6

離れて見ると良く分かる、
大きなケヤキの木でありました。
デカイぞ。

===
中山宿 新田本陣の大けやき
三国街道中山宿本陣にある大欅は街道の栄枯盛衰を見下ろして600有余年、
遠きは天正10年(1582)中山城の廃城、
近きは文久3年(1863)佐渡送り唐丸籠八十九艇、
継立てに(飯塚万造氏所蔵古文書)近隣各村の助郷人足騒動も、
総て一人で知っている。


三国街道 中山宿新田本陣跡。その2

600年の星霜を経、風雪に耐え
今尚天空に向かって伸び行くこの大樹の麓に佇めば、
自然の偉大さを感じ一種の圧迫感すら覚える。
云々。。。


本陣跡と大ケヤキ。
歴史を感じさせてくれる風景であります。
ウムム。。。



以前の記事はこちらから。
三国街道 中山宿本宿本陣跡。 [吾妻郡高山村]

【三国街道 中山宿新田本陣跡】
@群馬県吾妻郡高山村中山


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