ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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宮崎神宮。その1

社叢に包まれ、境内は独特の空気が流れています。
やっぱり違うなー。
というわけで「宮崎神宮」に来ています★


宮崎神宮。その2

大きな「鳥居」です。しかし、広々とした境内にあるせいか、
それほど大きさを感じさせません。

宮崎神宮。その3 宮崎神宮。その4
(写真はクリックで大きくなります。)

右に「祓所」、
左に「手水舎」。


宮崎神宮。その5

「正門(神門)」が見えて来ました。


宮崎神宮。その9

宮崎神宮。その7 宮崎神宮。その8 宮崎神宮。その6

正門の左右から東西に延びる「玉垣」は
国の有形文化財に指定されています。
他に、神殿、幣殿、神饌所など、宮崎神宮内の10の建物も
文化財に指定されています。

(右)正門手前にあった絵馬が掛けられていた大きな松。


宮崎神宮。その10

宮崎神宮。その11

「拝所」と、その内側に掲げられた扁額。

=== 案内板より ===
宮崎神宮略記
当神宮は神武天皇(神日本磐余彦尊かみやまといわれひこのみこと)を主祭神とし、
相殿には鸕鷀草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと・御父君)と
玉依姫命(たまよりひめのみこと・御母君)が奉斉されている。


宮崎神宮。その14

拝所の正面に「幣殿」。

天皇は45歳の御時、天下統治に応しい地を求めて日向国を御出発、
数々の苦難の末に大和地方を平定され、第一代の天皇として即位された。
後に皇子神八井耳命の御子(建磐龍命)により、天皇の御神霊が当地
(皇居高千穂宮の霊地)に鎮祭され今日に至っている。


宮崎神宮。その12

幣殿の向かって右は「御料屋・ごりょうや」。

古来より神武天皇宮域は神武天皇廟と称されて歴代領主の尊崇篤く、
明治維新に際し神武創業の昔に復えるという事で、特に注目重視された。

明治18年、官幣大社に昇格、社名も同11年、宮崎神社から宮崎宮と改称され、
大正2年に現在の宮崎神宮となった。
その間の明治31年、神武天皇御降誕大祭会(総裁侯爵二条基弘、会長伯爵島津忠亮、
幹事長男爵高木兼寛)が発足し、社殿の造営・境内地拡張等の大工事が進められた。


宮崎神宮。その13

左に「神饌所・しんせんじょ」。
御料屋と神饌所は渡廊で幣殿と繋がっていました。


特に明治天皇には御内幣金を下賜あらせられ、
これを契機に全国的規模の募金活動が展開された。
同40年に竣工、遷座奉告祭が斎行され、更に同年11月、
嘉仁親王殿下(大正天皇)の御参拝を給わった、
以後皇族方の御参拝が続いた。


宮崎神宮。その15

手前が「拝所」、奥が「幣殿」。

殊に昭和天皇には皇太子裕仁親王殿下の御時、
大正9年を始めとして6度の御参拝を給わった。又皇太后陛下には大正12年、
久邇宮良子女王陛下として御成婚御奉告を始めとして
陛下と共に2度の御参拝を給わっている。
云々。。。


初代天皇「神武天皇」をお祀りする神社さんは、
全国各地にたくさんあると思いますが、こちらこそ本家本元、
神武天皇がいらっしゃったという聖地、
「宮崎神宮」であります。。。



以前の記事はこちらから。
古代船 おきよ丸。 [宮崎市*宮崎神宮境内]

【宮崎神宮】
@宮崎県宮崎市神宮2丁目


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