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西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

西都原考古博物館の3F「ラウンジ 眺」さんから観た風景。
うっそうとした森があるだけのようですが、実はあれが古墳。

西都原古墳群のメインディッシュとも言える
男狭穂塚」と「女狭穂塚」です!


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

「特別史跡西都原古墳群」。

=== 案内板より ===
日本で最も古いと言われる「古事記」「日本書紀」には、
日本神話の根幹をなす日向神話のことが書いてあります。

その伝承の中心になるのは、天孫ニニギノ尊とその妃
コノハナサクヤ姫にまつわる説話です。
この説話の道筋にあるものが神社や神話伝承地であり古墳です。
~中略~


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

男狭穂塚・女狭穂塚
男狭穂塚はニニギノ尊、女狭穂塚はコノハナサクヤ姫が
眠ると言われています。
この両古墳は全長150m以上に及ぶ、九州最大規模の古墳で
悠然と生い茂る森の樹木に静かに見守られています。
云々。。。

正面、奥に、女狭穂塚があります。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

なんだろう?
「遥拝所」かな?。。。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

=== 案内碑より ===
女狭穂塚(めさほづか)
女狭穂塚は、ニニギノミコトの妃・コノハナサクヤヒメの
御陵ともいい伝えられ、全長176.3m、後円部の径96.1m・高さ14.6m、
前方部の幅109.5m・高さ12.8mの規模を有する
九州では最大の前方後円墳です。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

この両古墳は西都原時代の最盛期に造られたもので、
築造された年代は5世紀中期ごろの時期と推定されています。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

男狭穂塚(おさほづか)
男狭穂塚は、古来天孫ニニギノミコトの御陵ともいい伝えられ
全長154.6m、後円部の径132.0m・高さ19.1mの巨大古墳であり
周囲に二重の隍(ほり)もめぐらされています。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

築造年代は女狭穂塚よりも早い時期と推定され、
明治28年、男狭穂・女狭穂両塚を含む98700㎡のこの地域は
御陵墓参考地に定められ宮内庁の管轄下にあります。
云々。。。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

いやいやいやいやー。
大きな古墳です。
千曲市にある「森将軍塚古墳」も大きかったですが、
それをも遥かに上回る巨大さ(汗、、、
あまりに大きくて、森林の写真を撮ってるみたい(汗、、、

それでも〝御陵墓参考地 by宮内庁〟なんていう看板をみると、
すごく神秘的な雰囲気になりますし、
独特の緊張感がわいてきます。


西都原古墳、男狭穂塚・女狭穂塚。

女狭穂塚近くに建つ
「神武天皇御東遷二千六百年記念古墳祭記念碑」。


日本最大級の古墳群、西都原古墳群。
そして初めて見た「男狭穂塚」と「女狭穂塚」は、
伝説の神様のお墓と伝わる古墳。
ちょっと感動☆



以前の記事はこちらから。
ラウンジ 眺。 [宮崎県西都市]
以前の古墳はこちらから。
稲荷山古墳。 [太田市]

【女狭穂塚】
@宮崎県西都市大字三宅


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