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さくら市・龍光寺。その1

=== 案内板より ===
十一面観世音菩薩像
龍光寺本堂内に安置されている木造立像で蓮台共に四尺六寸、
恵心僧都の作と伝えられている。
元禄15年(1702)3月の文書によれば、
足利家は、喜連川東町に富景山臨川寺を建立して
十一面観世音菩薩を安置して領民の宗教的安心を祈念された。

さくら市・龍光寺。その3 さくら市・龍光寺。その4

しかし明治になって廃仏棄釈の禍にあい臨川寺は廃寺となり、
十一面観世音菩薩は龍光寺に移転安置された。
云々。。。


さくら市・龍光寺。その2

というわけでやって参りました「龍光寺」。
足利家に御縁のあるお寺さんです。

正確には、やって参りました、と言うより、
偶然近くを通りかかって寄って見た、という感じです。
in さくら市。


さくら市・龍光寺。その5

===
足利家歴代の墓所
この寺の創始者は、足利尊氏であって東勝寺と号し下野国の安国寺であった。
喜連川左馬頭頼宇氏の時慶長6年(1601)父頼純逝去されたので、
当山に葬り戒名の龍光院殿全山機公大禅定門の頭をとって龍光院と改称した。

以来足利家の菩提所と定めて寺領五十石を賜り
喜連川藩公代々祈願追善の香華の院であった。


さくら市・龍光寺。その6

墓所周囲は築堤を廻らし総面積400平方米
石塔54基のほか石灯籠があり、14代に亘る藩主御台所嫡子等の墳墓にて、
城下町喜連川の代表的文化財として旧態を保持している。
云々。。。


さくら市・龍光寺。その7

===
足利尊氏木造と宮殿
龍光寺境内の北端に旧喜連川藩公歴代の御廟所がある。
その内部に桧皮葺き総欅作りの立派な宮殿であり鎌倉時代の
建築様式といわれている。

尊氏の木像は宮殿内に安置されている寛文6年(1666)4代藩主
左兵衛督昭氏が鎌倉長寿寺中の座像(足利尊氏)を同寸法に模写製作してもので、
京都等持院鎌倉長寿寺とこの龍光院にある三体の一つである。

当山では近年まで秘宝として一般には開扉しなかった。
云々。。。

さくら市・龍光寺。その8

参勤交代や諸役が免除されていたうえ、武家官位を受けずに
無位無官でありながら自称の名乗りが公式の場でも許されており、
さらに自身が「天下ノ客位」「無位ノ天臣」と称していたように
徳川将軍家との明確な主従関係すら存在しないという、
幕藩体制の枠組みに収まらない極めて例外的な存在だった。。。
と、ウィキペディアに紹介されています。

鑁阿寺(足利氏宅跡)を開基した足利義兼さんの7代の末裔、
足利尊氏さんのさらに後裔である喜連川足利家。
そして尊氏さんが創建したと云う龍光寺。
とても興味シンシンなお寺さんでありました★



以前の足利氏はこちらから。
節分、鎧年越。yoroi-toshikoshi  [足利市]
下馬橋古趾 gebabashi-koshi。 [足利市]

【龍光寺】
@栃木県さくら市喜連川


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