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松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その1

長野県松本市です。

以前松本城を観に来て以来だから2年ぶりです。
そして松本市街から車で20分ほど、
浅間温泉」であります。


松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その2

先ずは神社からっ(汗、、、
温泉街の北に位置する「御射神社」です。
〝御射〟と書いて〝みさ〟と読みます。
こちらの神社さんは春宮。ということは秋宮があるわけです。

松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その12 松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その13

「鳥居」より右に行くと「稲荷神社」。
鳥居をくぐってすぐにある「ご神木」。

松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その3

=== 案内板より ===
御射神社春宮の道祖神
双体道祖神
寛政11年(1799)正月吉日 浅間村と刻む

松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その4 松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その5
(写真はクリックで大きくなります。)

文字道祖神
天保10年(1839)己亥正月建立 上浅間村と刻む

双体道祖神
宝暦7年(1757)丑正月と刻む
本郷地区では、古い道祖神
三体とも上浅間や下浅間の辻道にあったが
道路拡張のため神社境内に移された
云々。。。



松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その6

=== 案内板より ===
御射神社 春宮
一、古代は浅間社(宮)といい、當春宮は三才山の山の神の里宮で、
  春には里へ下って田の神となり、冬になると三才山へ帰って山の神となった。
一、今からおよそ800余年前、文治2年(1186)吾妻鏡にのる庄園(社寺や貴族の領地)
  の中にある古社で本郷六ヵ村(浅間・水汲・原・洞・稲倉・三才山)を社領とする
  古くて大きな社であった。

松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その7 松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その8

一、當社は別当寺として神宮寺を持つ格式の高い社でおよそ700年前の
  正応5年(1192)中国の僧「円空」が神宮寺にて大般若経を写経し、
  浅間社へ奉納しており、その一部が社宝として保存されている。
一、およそ650年前の建武年間(1334~5)浅間郷の地頭赤沢氏が
  諏訪から御射山神社を勧請して御射神社と名称が変わり、
  浅間の社が春宮、三才山の社が秋宮となった。
  當社の祭神は古くは大山祇命であったが後に諏訪大社と同じ
  建御名方命・八坂刀売命・事代主命が合祀され、地域の平安・家運長久・
  五穀成就・繁栄の守護神として崇められている。


松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その10

一、當社の祭りは、神を押鉾に乗せて運ぶ祭りが主体であったが後に
  松明祭りが取り入れられ有名になっている。
一、松明祭りのいわれは、田の虫送り行事(害虫駆除)や神様が
  松明の煙と共に、三才山の秋宮へお帰りになる行事から初められたといわれ、
  以前は二晩行われたが、現在は10月3日の晩に行われている。


松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その9

一、現在の社殿は明治27年4月横手の大火で類焼し同年9月に再建されて、
  本殿は神明造りになっている。
云々。。。 


松本市浅間温泉・御射神社 春宮。その11

===
宮沢雅楽(うたのかみ)翁筆塚
宮沢雅楽は御射神社の神職、父小源太は寛政の頃寺子屋を開く。
雅楽も父の後を継ぎ師匠となり、門弟は4~50人いた。
天保11年(1840)3月徳を称えて門弟中で筆塚を建てた。
嘉永2年(1849)11月卒。
云々。。。


〝misa〟という面白い名前の神社さん。
諏訪の御射山神社を勧請してきたものだと云います。
今回は「春宮」でしたが、「秋宮」も見てみたいなー。
秋宮は三才(みさ)山の向こうにあるようです。
ウムム。。。



以前の松本市はこちらから。
信州お蕎麦と馬刺しと蜂の子!  松本市★そば処 やまが育蔵
以前の記事はこちらから。
姨捨SAにて。 [千曲市]

【御射神社 春宮】
@長野県松本市浅間温泉


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