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佐波郡玉村町 火雷神社 その1 佐波郡玉村町 火雷神社 その2

参道の一本道。近くまで住宅地となってます。
佐波郡玉村町にある「火雷神社 karai-jinja」。
上野国八の宮となっている延喜式内社です。


佐波郡玉村町 火雷神社 その3

鳥居をくぐると石燈籠と一対の「狛犬」クン。
十二社といわれる群馬県内の延喜式内社。今回でいくつ目だろう?


佐波郡玉村町 火雷神社 その6

朱が施された「拝殿」。


佐波郡玉村町 火雷神社 その5 佐波郡玉村町 火雷神社 その4
(写真はクリックで拡大します。)

バク(象?)や獅子の彫刻も綺麗です♪
右は「神楽殿」と、その奥にある「蚕霊社」。


佐波郡玉村町 火雷神社 その8

「本殿」の装飾も綺麗なもの。

=== 案内板より ===
火雷神社
この神社は、上州名物の一つになっている雷の神様である
火雷神(ほのいかづちのかみ)をまつってある。

景行天皇の時代に上野国の統治者御諸別王がまつったと伝えられ、
平安時代の延暦15年(796)官社となり、
延喜の制では小社に列して上野十二社の八の宮として、
上野国神明帳に従一位大名神とかかれている。


佐波郡玉村町 火雷神社 その7

鎌倉時代の始め、建久2年(1191)大江広元の子政広は那波氏となり、
その後佐波郡地方の領主となって四町歩の田を神社に献じた。
天正年間那波氏の滅亡で神社も衰えたが、明治5年(1872)郷社となった。

現在の建物は、江戸時代中期以降の建造で本殿は三間社流れ造りである。
また、伊勢崎市上之宮の倭文神社と相対し、
その上之宮に対し下之宮といわれ、地名起源ともなっている。


佐波郡玉村町 火雷神社 その10

麦蒔ゴジンジ(御神事)-火雷神社に伝わる祭りで、
貞観4年(862)より始まり毎年五穀豊穣、災難除けの秘密の神事を行ない
今日まで伝え行なっている。

旧暦10月末午の日丑の刻に神官が礼拝を始めると
代表が神社の四面にシメ縄を張り、神官が退出する時に丁度張り終えるようにする。
代表は一週間精進潔斎し、シメ縄を張り廻らす時は声を出すことは厳禁とされ、
11月初午の日丑の刻に祭りがあけるまでは鳴物は禁止(馬がいた時は鈴もはずした)であり、
シメ縄を張るのを「ゴジンジに入る」という。


佐波郡玉村町 火雷神社 その11

深夜に行なわれるこの神事は古代の祭りの様式の面影を伝えているように思われる。
云々。。。


前回の、倭文神社もそうですが、
なにやら不思議なお祭が受け継がれているのは、ヒジョーに興味深いところです★
それもこちらのお祭は深夜に行われる?!
お祭というか神事というか、お祈りやお祓いみたいですねー。

ナニゲに面白い。



以前の記事はこちらから。
倭文神社 shidori-jinja 。 [伊勢崎市]

【火雷神社】
@郡馬県佐波郡玉村町大字下之宮


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