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十三宝塚遺跡。 その2

「大国神社」「雷電神社」と見て回り、
十三宝塚遺跡」にやって参りました。
工業団地の一画にある国指定史跡です。


=== 案内板より ===
史跡 十三宝塚遺跡
史跡十三宝塚遺跡は、赤城山南麓の末端に形成された台地上につくられた遺跡です。
伊勢崎佐波第一工業団地造成に先立つ発掘調査で、旧石器時代、古墳時代、
奈良平安時代の遺構や遺物が見つかりました。
発掘当初、この遺跡は掘立柱建物や大溝等の遺構の状況から、
古代の佐位郡の役所跡と考えられました。


十三宝塚遺跡。 その1

しかし、南半域において、台形状に区画し、南辺に門をもつ回廊跡が確認され、
回廊で囲まれた中は「仏殿」や「塔」が建てられていました。
そこからは仏像の破片や瓦、奈良三彩陶器などの遺物が多数発見されました。
瓦は、奈良時代に建てられた上野国分寺創建瓦と同じものです。
これから、この遺跡の中心は奈良時代の寺院跡であることがわかりました。


十三宝塚遺跡。 その3

また寺院と同じ頃、遺跡の東から北側にムラが展開し、さらにその北方には、
東山道駅路の側溝を灌漑用水路に堀り直した「牛堀」が掘られていました。
牛堀は、早川の東へも続いており渕名や新田町上中の地域を灌漑したようです。
さらに新田町にある「新田堀」も牛堀と同様な灌漑用水跡と考えられています。


十三宝塚遺跡。 その4

十三宝塚遺跡の寺院と佐位郡と新田郡におよぶ灌漑水系は、
上野国分寺の経営のために造られた遺構であると推定することができます。
このように、史跡十三宝塚遺跡の寺院跡やムラの跡は、
古代上野地方の歴史を明らかにする重要な遺跡であり、
国指定史跡として保存されています。
云々。。。



以前の記事はこちらから。
史跡「上野国分寺跡」  ★前橋市
雷電神社 raiden-jinja 。 [伊勢崎市]

【十三宝塚遺跡】
@群馬県伊勢崎市境伊与久


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