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六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その3 中之条町★湯本家 その1

赤岩集落です!
in 六合村。

町の真ん中を通る1本道を進んで行くと、
間もなく左手に、ひと際目を引く大きなお宅!

これが「湯本家」!
蘭学者・高野長英(ちょうえい)さんをかくまったと云われる、
この土地の名士のお宅です★


六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その3 中之条町★湯本家 その4

クリーム色をした土壁がとても印象的★
主屋の脇にあった蔵も、とても重厚感のある建物です。


=== 資料より ===
湯本家の三階屋
~前略~
当家が近世において医者を、近代において教育者や村長を
務めた家であったからだろう、この主屋は農家的要素をもつと同時に、
通り側に面して趣向を凝らした座敷が設けられるなど
町屋的な要素も兼ね備えている。


六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その3 中之条町★湯本家 その2

主屋二階の北西の角の座敷には、床柱に珍木が使われ、
地袋の引違戸に天使の飛ぶ絵柄の金唐紙が張られるなど、
技巧を凝らしたつくりになっている。

この座敷には幕末に高野長英を匿ったという言い伝えがあり、
「長英の間」とも呼ばれる。

三階は蚕室にするために増築されたものである。
この主屋には、地階も設けられており、戦前まで
当家で造っていた薬用酒造りに使用していたらしい。
云々。。。


六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その3 中之条町★湯本家 その3

===
湯本家について
湯本家の祖は木曽義仲に任えた人物で、義仲が敗死ののち、
義仲の胤を宿した娘を守りながら、草津に近い細野平に隠れ住み、
細野御殿介を名乗ったと言われています。

その後、源頼朝が建久4年(1193)に浅間山麗で狩りを催し、
その案内役に召出されました。
そのおり草津の湯を発見、湯本の姓と草津の地を賜ったと先祖伝説では伝えています。

戦国時代になると湯本善太夫という人物が出て,
真田方に属して活躍しましたが、長篠の戦いで討死しました。


六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その3 中之条町★湯本家 その5

江戸初期、湯本長左衛門が赤岩に隠居、医業に手を染めました。
明治の文豪、幸田露伴も愛飲したマムシ酒の「月桂酒」、
河童より伝授の「命宝散」などの家伝薬があります。

江戸末期には、湯本彦粛(げんしゅく・筑前黒田藩侍医)、
上記の湯本俊斎などの医者が世に出ています。
なお、俊斎は、当時としては珍しい植物標本を残しており、
これは植物学者、牧野富太郎博士の鑑定を受けています。
云々。。。


いやはや、すんごいお家柄であります~♪
源頼朝さんより湯本の姓と草津の地を賜ったと云う?!
それに、マムシのお酒・月桂酒、
なんと!河童が教えてくれたという「命宝散」。
気になりますねー。

六合村赤岩に歴史あり♪です!


以前の記事はこちらから。
六合 kuni 村にて。赤岩を歩く。。。♪その2 道祖神と毘沙門堂 [中之条町六合地区・赤岩]

【湯本家】
@群馬県吾妻郡中之条町赤岩


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