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筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その1

有明佐賀空港からひとっ走り!
福岡県太宰府市であります。
やって参りました「筑前国分寺跡」です♪


=== 案内板より ===
筑前国分寺跡
国分寺は、奈良時代の中頃、諸国に置かれた官寺で僧寺と尼寺があった。
当時は天然痘の流行や内乱などの社会不安が続いたため、
平安を願うべく、聖武天皇は諸国に国分ニ寺の建立を命じた。
世に言う“天平十三年の詔”(741年)で、筑前国分寺は、
大宰府政庁西北の見晴らしの良いこの丘陵上に建てられた。
しかし、その創建についての記録は残っていない。
ただ西海道の国分寺が天平勝宝8年(746)には建てられていた記録があるので、
筑前国の国分寺もこの頃までには完成していたと考えられる。


筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その2

創建当時の筑前国分寺は、約192m四方の寺域に金堂・七重塔・
講堂などの建物が整然と配置されていたが、
律令体制の衰退とともに国分寺の役割も失われていき、
建物も荒廃してしまった。


筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その3

発掘調査の結果、当時の講堂や塔・回廊の一部が確認され、
その構造と規模が判明した。
調査後は整備が施され、塔基壇や回廊の基礎部分が
平面的に表示されている。
云々。。。


筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その5

復原されている基壇は、
瓦を綺麗に積み重ねてある「瓦積基壇」。


筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その4

こちらはすぐ近くにあった「国分寺講堂跡」です。



【筑前国分寺跡】
@福岡県太宰府市国分


大きな地図で見る



筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その18

更に案内板より~。。。

===
どのような建物があったのか
筑前国分寺の建物は、講堂・金堂・中門が
南北に直線的に配置される。特に金堂と中門は回廊で結ばれ、
その内部に塔を配する。これは九州の国分寺によく見られる伽藍配置である。

東大寺や東国の国分寺は塔が回廊の外にでる形式であり、これとは異なる。
筑前国分寺のような伽藍配置は奈良時代以前の寺に多くみられる
古い形式のものである。
云々。。。


近くに国分尼寺跡もあるようなので散策してみましたが、
これがなかなか見つかりませんっ(汗
しばらく辺りをくるくるくるくると探し回りまして、

おおっ。
ここだぁ!


筑前国分寺跡に参る。。。♪ ★福岡県太宰府市 その15

===
国分尼寺跡
天平13年(741)聖武天皇は鎮護国家、五穀豊穣を祈るため、
諸国に国分寺、国分尼寺建立を命じた。
尼寺は正式名称を「法華滅罪之寺・ほっけめつざいのてら」といい、
尼僧10人と規定された。

ここは筑前国の国分尼寺があった所と伝えられるが、
今はわずかに田圃の中に礎石が一個残るのみである。
なお(筑前)国分寺跡は東300Mの所にある。
(礎石は国分共同利用施設に移設しています。)
云々。。。


すっかり畑になってしまっているんですねー。
それでもなんだか嬉しい♪
古代、ここに建物があり、華やいでいたと思うと
ワクワクしません?!

史跡や遺跡を訪れる度、
昔の人はすごかったんだなー、と感心してしまう
今日この頃であります♪

次、行こ。。。



以前の国分寺はこちらから。
常陸国分寺跡と都々一坊扇歌堂  ★石岡市
常陸国分寺尼跡にやって参りました♪  ★石岡市

以前の記事はこちらから。
飛んで。。。   着いたっ!Vol.2


【筑前国分尼寺跡】
福岡県太宰府市国分


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