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女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その1

伊勢崎市にある「赤堀しょうぶ園」です!

以前、渋川の群馬県発掘情報館に行った際、
いただいてきた資料の中に「女掘」なる史跡のことが書かれていました。


女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その2

女堀?!
そう、こちらの赤堀しょうぶ園は「女堀史跡」。
平安時代、源義家さんなんかがいた頃の、
巨大な用水路の跡なのです!

すげー!


女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その3

花を観に来たのではないですから、
今の時季が一番だね!(笑

赤城山の南麓を、約13kmの長さにわたって作られた潅漑用水。
今ではここ赤堀と前橋の一部にその跡が残っているだけだそう。

しかし、大きな用水路跡であります。。。


女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その4

=== 案内板より ===
国指定史跡 女堀 赤堀しょうぶ園
女堀は、前橋市上泉町の古利根、現桃木川から取水し、
佐波郡東村大字西国定に至る12.75kmの農業用水址である。

昭和50年代から実施された農業構造改革事業に伴う発掘調査によれば
女堀の掘削排土下から天仁元年(1108年)の浅間山爆発による
火山灰B軽石層を耕作したとみられる畠跡が発見されたことから
開削年代は12世紀中葉と推定される。


女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その5

この爆発により赤城山の南麓一帯は壊滅的打撃を受けたので
女堀は渕名荘の水田再開発のために藤原系渕名氏により開発された
と考えられる。

女堀の基本構造はおよそ上幅25m、底幅10m、深さ5mであり、
掘り出された土砂は計画的に搬出されて中段をもうけ、
中央部に通水溝をつける段掘工法による。

しかし、通水された痕跡がなく
潅漑用水としては未完成に終わった廃溝である。


女堀史跡に参る。。。♪ ~赤堀しょうぶ園編~ ★伊勢崎市 その6

昭和58年10月27日赤堀町大字下触字牛伏213番地他27筆(総面積23.917m)が
前橋市分とともに国の史跡として指定され
平成元年度より花しょうぶカキツバタなどの水生植物を植栽し、
赤堀しょうぶ園として史跡の保存管理に努めている。
云々。。。


onna-bori-part-1-7.jpg

う~ん、やっぱりですね~、
前橋の方も見てみたくなるものです(笑。。。
ウムム。



【女堀史跡(赤堀しょうぶ園)】
@群馬県伊勢崎市下触町213


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