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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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渋温泉の渋い夜。。。その1

遅いチェックインを済ませ、
ひとっ風呂浴びてから夜の温泉街へ♪

まず目に飛び込んで来たのは
こちらの建物★
まさに迫力。
独特の雰囲気をかもし出しております。


渋温泉の渋い夜。。。その2

=== 案内板より ===
「金具屋・斉月楼」
名匠三田清助により、昭和8年から3ヶ年かけて建てられた
昭和初期の旅館建築を代表する建物。
「伝統的軸組工法」を用い、長さ15メートル
13本の通し柱と梁の組み合わせのみでつくられている。
主要部分には釘は1本も使われていない。

その造形があまりにも似ていることから
「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルになったともいわれている。
云々。。。


渋温泉の渋い夜。。。その3

温泉卵があったり。。。


渋温泉の渋い夜。。。その4

こちらは名湯と云われる
9蕃湯の「大湯」。
渋温泉は外湯回りも有名なんですよねー。
明日の朝、いただこ。


===
行基菩薩頌徳碑のご案内
今から約1300年前の神亀年間(奈良時代)諸国行脚のおり
当地に立ち寄った僧行基がここ渋温泉大湯を開湯したと言われています。
~中略~

行基は百済系渡来人の子孫で天智7年(668年)河内国大鳥郡(現在の堺市)
に生まれる。
父は高志才智、母は蜂田古麻比売。幼名を法行麻呂と言い、
15歳のとき(682年)奈良の飛鳥寺で出家し行基と名のる。
~中略~

当時は日本全国で疱瘡(天然痘)などの病気が流行し、
又干魃や飢饉が続き民衆の生活は非常に苦しかった。
行基は特に養老年間神亀年間(717~728)に諸国を巡り布教する傍ら
民衆のために橋を掛けたり池や堀を掘ったり温泉を発見したり
病人を助けるなど社会奉仕事業に貢献し人々の尊敬を集めた。


渋温泉の渋い夜。。。その5

聖武天皇発願による東大寺大佛建立の為
諸国を巡って寄附金や人材を多く集め
さらに大佛造営に尽力した功績により天平17年(745年)
日本で初めての大僧正の位を朝廷より授かる。
人々はその徳を讃えて行基菩薩と呼んだ。

天平勝宝元年(749年)2月2日奈良の菅原寺で没した。
行年82歳。
云々。。。


渋温泉の渋い夜。。。その6

こちらのお堂にも道祖神がいらっしゃるようです。
のぞいては見ませんでしたが。。。

===
萬福和合 道祖神
この立像は、江戸時代の浮世与絵師 葛飾北斎の描いた
夫婦和合の道祖神の絵を元にしたものです。
男女陰陽のシンボルを戯画化して、天地山水の間に立ち
相擁する睦しい双対神の姿は、夫婦和合の象徴として
今や渋温泉を代表する守り神であります。
云々。。。


渋温泉の渋い夜。。。その7

カランコロン♪と石畳の温泉街をゲタをはいて歩く。
はぁ~、いいぢゃありませんかぁ~。


渋温泉の渋い夜。。。その8

ライトアップされた「渋高薬師」。

===
渋薬師庵
ご本尊は薬師如来
神亀年間に僧行基が霊泉の湧出を発見し(現在の大湯)、
薬師如来を刻んで祀った所が薬師庵です。
現本堂は昭和6年に再建された。
云々。。。


渋温泉の渋い夜。。。その9

まるで映画のセットのような温泉街。


渋温泉の渋い夜。。。その10

さぁさぁ、どこかへ寄り道をして、
1杯飲ろうではありませんか?!



以前の記事はこちらから。
初めての信州渋温泉!  長野県下高井郡★渋ホテル

渋温泉街

コメント
この記事へのコメント
いいですね★
渋くて良いですね★
渋温泉は行きたいと思いながら
まだ行ったことありません・・。

きっとどこかで美味しいお酒を
飲まれてきたんでしょうね~★
2010/12/16(木) 12:49 | URL | 群馬栃木を愛するあっぴ #-[ 編集]
群馬栃木を愛するあっぴ サマ★
渋温泉すごく良かったですよー、
また行ってみたい温泉のひとつです☆
絶品のお湯に、ゆっくり浸かってきました♪
2010/12/16(木) 14:58 | URL | BECCAN #-[ 編集]
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