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深志神社 ★松本市 その1

正面「鳥居」より。

深志神社 ★松本市 その2

向こうに見える朱色の社殿がとても印象的。
松本市にある「深志神社 fukashi-jinja」であります。

正面、拝殿の前にある神楽殿。
この辺りの神社さんは、やはりこういう社殿の配置が多いのかな?
ウムム。。。


深志神社 ★松本市 その3

「狛犬」クンは2対いらっしゃいました★
こちらは初めの狛犬クン。


深志神社 ★松本市 その4

「あれれ?」みたいな。
とてもユーモラスな表情♪


深志神社 ★松本市 その5 深志神社 ★松本市 その6

「手水舎」と境内社の「恵比寿神社」。

深志神社 ★松本市 その7 深志神社 ★松本市 その9

天満宮では牛は神様のお使いです。
臥牛の像がありました。


深志神社 ★松本市 その8

鮮やかな色合いの「神楽殿」と、

深志神社 ★松本市 その10

石塔の上の小さな祠★
「三峯山」と彫られていますから
「三峯神社」でしょうか?。。。


深志神社 ★松本市 その11

2対目の狛犬クンです。
団子っ鼻で、
人の顔のようです!

顔が。。。


深志神社 ★松本市 その12

すごく、デカイッ。
なかなか個性的ですね。


深志神社 ★松本市 その13

=== リーフレットより ===
深志神社 ご由緒
御本殿は2殿で、御祭神としてお諏訪さま(御建名方富命)である
宮村宮と、天神さま(菅原道真公)の天満宮をおまつりしています。

この2つのお宮の創祀は、信濃国守護である小笠原氏の信仰と
深く関わります。


深志神社 ★松本市 その14

社伝によると、諏訪明神が、信濃府中の井川に居館した小笠原貞宗公により、
その丑寅(北東)にあたる捧荘であった庄内の地に、霊夢を受けて
社殿を造営し、祭られたのは、南北朝時代はじめ暦応2(1339)年9月9日で、
宮村大明神と称されました。

一方、天満宮は、井川館近くの鎌田の地に、小笠原長基公が京都の北野天満宮から
応永9(1402)年に勧請されていましたが、江戸時代の慶長19(1614)年8月に、
後裔である城主小笠原秀政公が、宮村宮の北側に遷され、
並び祭られました。


深志神社 ★松本市 その17

そののち、「宮村両社・宮村大明神・宮村神社・宮村天満宮・深志天神」などと称され、
お城と城下町の鎮護の神社として歴代城主により篤く敬われました。
そして正式な社名を、天保12(1841)年に「深志神社」と改めました。


深志神社 ★松本市 その15

7月24日、25日に斎行の例大祭は「天神祭り」と称され、
松本平に広く知られ、多くの参詣の方々で賑わいます。
云々。。。


こちらが2つの神様を祀ってある「本殿」です。
2つ並んでおります。。。


深志神社 ★松本市 その16

いろいろあった「境内社」です。
(写真をクリックすると大きく見れます。)

深志神社、境内社 ★松本市 その1 深志神社 ★松本市 その2 深志神社 ★松本市 その3

南参道の「鳥居」。
「楠公神社」と「市神宮」。

深志神社 ★松本市 その4 深志神社 ★松本市 その5

ダブルの鳥居は、「金山神社」と「松尾神社」。
こちらは「愛染神社」。

松本城からすぐ近くの「深志神社」。
歴代の城主ともいろいろな関わりがあったのでしょう。
松本城も以前は深志城と呼ばれていたようです。
ウムム。



以前の記事はこちらから。
深志神社前の、富士浅間、金刀比羅、多賀神社  ★松本市

深志神社
@長野県松本市深志

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