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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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発掘調査の進む法界寺。
足利義兼(よしかね)が建てたという法界寺。
樺崎にあるので樺崎寺ともいわれています。
廃寺となっていますから正確には(跡)です。
現在、発掘、調査が行われており、近い将来復元されるというお話です。早く見たいですね。

ここに足利義兼さんの供養等があったはずなのですが、あれ?
近くにいた発掘調査員の方に聞いてみると、なんでも青ゴケ等、損傷があり、別の場所で修復保存しているとのことでした。ちょっと残念。

案内板より。。。
「石造層塔 一基(推定 足利義兼 供養等)」
初重軸部に笠、軸の石を二つ重ねている。
上部は欠損し、もとの層級は判らない。
・・・中略
この地が足利義兼の菩提寺であれば、この塔は義兼公の霊塔にふさわしい。

樺崎八幡宮の正面です。足利
法界寺跡と同じ敷地内に樺崎八幡宮があります。

案内板より。。。
「樺崎八幡宮」
足利義兼(よしかね)は、晩年鑁阿(ばんな)と号し建久年間生母菩提のため、理人上人(りしんじょうにん)を開山として法界寺を創建しました。
法界寺は鑁阿寺を壇上とした奥の院で、義兼自身もここに住み、念仏三昧(ざんまい)し、正治元年に当地で入寂(にゅうじゃく)しました。
樺崎八幡宮は、義兼の入定(にゅうじょう)後、子の義氏(よしうじ)によって八幡神を合祀(ごうし)したことに由来します。
法界寺は、明治以降廃寺となりましたが、この地は樺崎八幡宮を含めて、足利源氏関係の遺跡として極めて貴重なものです。





樺崎八幡宮のアザヤカな装飾。足利
あざやかな装飾がほどこされている本殿。
カッコ良いですねー。

案内板より。。。
「樺崎八幡宮 本殿」
樺崎八幡宮は、正治元年(1199年)、足利義兼(よしかね)の生入定の地に、八幡神を勧請(かんじょう)し、義兼の霊を合祀したことに由来する。
本殿は天和年間(1681~1684年)の再建といわれ、昭和63年度、平成元年度の保存修理で、本来の造りであった「隅木入春日造・スミキイリカスガヅクリ」に復元した。
・・・中略
義兼は正治元年、当地にて入寂、その子・義氏は法界寺の諸堂宇を整備するとともに八幡神を勧請した。
足利将軍家の衰退とともに法界寺もその庇護するところを失い、現在では樺崎八幡宮を残すのみである。

源姓足利氏の、華やかな時代と衰退を感じさせるような文です。

床下にある義兼のの墓標です。
なんとこの本殿の床下には「足利義兼公御廟」と書かれた義兼の墓標が立っています。
すごい場所にあるものです。

樺崎八幡宮の大きな杉の木。足利
樺崎八幡宮の杉。
高さ30メートル、樹齢約600年の大杉。八幡宮の御神木。


また来よう、法界寺。
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法界寺法界寺 (ほうかいじ)は、京都市伏見区日野にある真言宗別格本山。山号を東光山と称する。本尊は薬師如来、開基は伝教大師最澄とされている。藤原氏の一族である日野氏の氏寺で、「日野薬師」あるいは「乳薬師」の別名で知られる薬師信仰の寺であるとともに、国宝の阿
2007/02/09(金) 05:58:45 | 京都観光