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ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

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青島神社 宮崎市青島 その2 青島神社 宮崎市青島 その3

=== 案内板より ===
御由緒
彦火火出見命が海宮からお帰りのときの御住居の跡として
三神をお祀りしたと伝えられている。
始めてお祀りした年代ははっきりしていないが、
日向土産という国司巡視記に嵯峨天皇の御宇(約1179年前)
崇祀青島大明神と書いてあったといわれる文亀(室町時代約488年前)以後は、
藩主伊東家の崇敬が厚く、御社殿の改築や境内の保全に万全を尽され、
明治以後は国内絶無の熱帯植物繁茂の境内を訪ねる人が多く、
縁結び、安産、航海、交通安全の神として、
益々神威が輝くようになった。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その1

何度か来たことがあります。
宮崎市、青島にある「青島神社」。
歴史深く、神話や伝説が数多く残されている神社さんです。


青島神社 宮崎市青島 その4

===
御境内
昔から霊地として一般の入島は許されず
藩の島奉行と神職だけが常に入島し
一般は旧3月16日島開祭から島止祭(同月末日)まで
入島を許されていたが元文2年(252年前)当時の宮司
長友肥後が一般の参拝者にも入島を許されるよう
藩主にお願いして許可され以後入島が自由になった。

昔から聖域として保護されたので植物、岩石が
自然のままに残り
大正10年3月植物が、昭和9年5月岩石が天然記念物に指定され
国の保護を受けることになったのである。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その6 青島神社 宮崎市青島 その7 青島神社 宮崎市青島 その9

左から、
御祖神社、玉の井、祓所。


===
御祖神社(みおや神社)
青島神社氏子神徒の祖霊並びに氏子戦病死者の霊を祀る。

玉の井
玉の井とは、海積宮(竜宮城)の入り口にあったとされる井戸の事であり
彦火火出見命の頸飾り(まが玉)が語源と思われる。
古事記によれば、彦火火出見命と豊玉姫命との
出会いのきっかけとなった井戸であるとも記されている。
今でも年間を通して水を汲みに来社される人々が絶えず
病気平癒・家内安全等の清めの水として使用されている。
また周囲を海に囲まれているにもかかわらず塩分は全く含まれていない。
不思議なことに対岸の山頂に塩水の湧き出る場所があり
水源が入れ替わっているのでは等の伝説が残されている井戸でもある。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その8

「手水舎」のドラゴンと、


青島神社 宮崎市青島 その5

「狛犬」クン。
南国調かな。。。


青島神社 宮崎市青島 その10

神門をくぐり、
「拝殿」です。
朱の色がとても鮮やか。


青島神社 宮崎市青島 その11


青島神社 宮崎市青島 その12 青島神社 宮崎市青島 その13 青島神社 宮崎市青島 その14

拝殿の両脇に境内社。左から、
「石神社・いそじんじゃ」(山の神)、
「海積神社・わだつみじんじゃ」(海の神)と、
額に入った「神ひな」です。

===
神ひな
~前略~
青島神社の神ひなはその形式も古く、願掛けの古習も良く伝えていて、
特殊な御守として有名なばかりでなく
郷土色豊かな信仰上の芸術作品でもあります。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その15

===
御成道(おなりみち)
明治40年10月31日、大正天皇皇太子の御時
西国御巡幸の際、青島に御成りになり林中に玉歩を遊ばされた。
その機に整備されたのが御成道である。
以降多くの皇族の御成りがあり、昭和24年6月5日には、
昭和天皇行幸、神社に御拝遊ばされ、植物及び海産動物等の御研究に
2時間半の長時間をお過ごしになられた。

神門を進みビロウ林中の御成道を辿れば、
まるで南の島の密林にいる心地がする。
60メートルの奥には元宮が鎮座している。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その17

元宮をお守りする「狛犬」クン。


青島神社 宮崎市青島 その16

===
元宮(もとみや)
常若の霊木ビロウ樹にかこまれるように鎮座する元宮は、
ちょうど青島の中央に位置する。

この地は悠久の昔、古代祭祀に使われたとされる勾玉・土器・獣骨・
貝殻等が多数出土しており、古代祭祀跡地に大元の社殿が在った事から、
その御霊の安寧を祈り「元宮」が再建された。
古くから病気平癒や婦人病に霊験あらたかとされ、
元宮に髪を結び帰るという信仰があった。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その18

===
真砂の貝文(まさごのかいぶみ)
ここ青島は、2400万年前の隆起海床に貝殻が堆積してできた島である。
依って青島の別名を「真砂島」とも云う。
古代万葉の人々は、和歌の中で「濱の真砂」と詠み、数多い貝殻の中から
自分の心情に合った貝を探し、それに想いと願いを込めたのである。

青島では貝の中でも特に下の「タカラガイ」が真砂と呼ばれ
大切にされてきた。
神社前の浜辺にて真砂を探し、自身の想いと願いを込めて
この波状岩にお供え下さい。
悠久の時を刻み続けるこの元宮の地で
あなたの想いは静かに息づくことでしょう。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その19

===
天の平瓮(あまのひらか)投げ
ここ元宮は古代の臨時祭祀(お祭り)の址(あと)として伝えられる
聖地である。
この処より、割れた弥生式土器が多数出土している。
土器の皿は、祭器(お祭りに使う道具)の1つであり、平瓮(ひらか)という。
「日本書紀」神武天皇条には、「天平瓮80枚を作り厳瓮(いかへ・神酒を入れる瓶)を作り
天神地祇を敬い祀りなさい。又身を清めて呪言を唱えれば敵は自然に降伏するだろう」とある。
以来、素焼きの盃をかわらけと称し朝廷にても古くから用いられ、
神宮神社に於ても神饌を奉るには主として土器を用いてきたのである。
身を清め磐境(いわさか)に天の平瓮を奉づれば吉凶が占われる。
即ち磐境に投げ入れば心願成就し、天の平瓮が割れれば開運厄祓になるとされる
重要な天の平瓮神事である。
云々。。。


青島神社 宮崎市青島 その21

===
海幸彦と山幸彦。
海幸彦は海のものをとり、山幸彦は山のものをとり、
それぞれに領分を決めて暮らしていたが、山幸彦は
「たまには交代してみたい。どうか道具を貸してほしい」と
海幸彦に頼んで、1日漁師になってみた。
ところが慣れないせいで兄の海幸彦が宝としていた釣針を
魚に取られて無くしてしまう。
兄は怒り、どうしても許してくれない。つまいには自分の剣をつぶして
針を作って持っていっても、あの針でなくてはだめだという。
途方に暮れて海を見つめていたところ、向こうからやってきた老人あり。
これが塩筒大神という人物で訳を話すと、
「それなら綿津見大神(海の神)の宮へ行きなさい」と教えてくれる。
言われるままに訪ねた宮で山幸彦は、綿津見大神の娘、豊玉姫と結ばれて
3年の間、楽しく暮らす。

さて、この綿津見大神の宮は青島沖にあったとされ、
青島神社は山幸彦と豊玉姫を祭っている。
また、山幸彦が3年の後に帰って来た時、
村人が海に飛び込んで迎えたという故事にちなんで、
今でも青島では「裸詣り」というお祭が行われている。
云々。。。


天孫降臨の地だけあって、宮崎の神社は深いな~。。。
ゆっくり時間をかけて、また来てみたい。



以前の記事はこちらから。
青島海岸、鬼の洗濯板であります。。。  ★宮崎市

青島神社
@宮崎県宮崎市青島2丁目13番1号

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