FC2ブログ
ウワサのBECCAN。ブログbeccanです。グルメ、おサケな話、チマタの話題などなど。

2019/06123456789101112131415161718192021222324252627282930312019/08

そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その13

=== リーフレットより ===
中尊寺
天台宗東北大本山。山号を関山といい、慈覚大師を開山(開基850年)とします。
12世紀のはじめ、奥州藤原氏の初代清衡(きよひら)公が
多宝塔や二階大堂など多くの堂塔を造営しました。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その14

その趣旨は、前九年の・後三年という
長い戦乱で亡くなった人の霊をなぐさめ、
仏国土を建設するものでした。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その15

14世紀に惜しくも堂塔は焼失しましたが、
なお金色堂はじめ3000余点の国宝や重要文化財を伝える
平安美術の宝庫です。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その18

たくさんの方がお参りされています。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その16

「蓮池」。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その17

参道より本堂を観る。。。


=== 案内板より ===
本堂
明治42年(1909)の再建。
中尊寺の山内17ヶ院を包括する中心道場。
奥州藤原氏の追善、天台宗各祖師の御影供、正月修正会など、
一山の法要はほとんどがここで勤修される。

また写経・坐禅の修行道場でもある。
本尊は阿弥陀如来。
壇の両脇には、総本山比叡山延暦寺より分灯された
「不滅の法灯」が護持されている。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その19

「不動堂」。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その20

「峯薬師堂」。

===
もと経塚山(金色堂の南方)の下にあったが、天正年間(1573年~1591年)に荒廃、
のち元禄2年(1689年)現在の地に再建す。
云々。。。



そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その21

「大日堂」。



そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その22

苔むした石塔。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その23

「鐘楼」。

===
梵鐘
康永2年(1343)に金色堂別当頼栄の発願により
鋳造された盤渉調の梵鐘。

撞座は長い歳月にわたる打鐘で窪み、現在この鐘が撞かれることはない。
鐘身の銘文には建武4年(1337)山上の堂塔が火災により焼失したと記し、
奥州藤原氏以後の歴史を伝える資料としても貴重である。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その24

「阿弥陀堂」。



そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その25

「弁財天堂」。

===
弁財天堂
本尊の弁財天十五童子は宝永2年(1705)、仙台藩主伊達綱村公正室仙姫の寄進。
現堂宇は正徳6年(1716)に建立された。
讃衡蔵に収蔵される国宝「金光明最勝王経金字宝塔曼荼羅図」十幀は、
もとは仙姫寄進の厨子に納められ、この堂内に奉安されていた。
云々。。。


そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」 岩手県平泉町★中尊寺 その26

そして「讃衡蔵・さんこうぞう」。
奥州藤原氏関連の遺宝、国宝や重要文化財など
3000点以上が収蔵されている宝物館。

讃衡蔵、そして金色堂の拝観チケットはこちらで
こちらで購入することができます。
館内写真はもちろんno good!
仕方ないですよねー。

讃衡蔵とは「奥州藤原3代、清衡・基衡・秀衡の偉業を讃える宝蔵」、
という意味なんだそうです。



つづく。。。



以前の記事はこちらから。
そうだ、東北に行こう!その3 「奥州藤原文化の決定版!!」  岩手県平泉町★中尊寺 Ⅰ

中尊寺
@岩手県西磐井郡平泉町
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する