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かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その1

おおーっ!大きくて立派な「鳥居」です!
埼玉県の神川町にある「金鑚神社」さんにやって参りました。

「金鑚」と書いて「kanasana」と読みます♪

ウィキペディアで見てみると~
金鑚の語源
もともと金鑚の語源は、砂鉄を意味する「金砂(カナスナ)」に求められ、
神流川周辺で、刀などの原料となる良好な砂鉄が得られた為と考えられている。

カナスナ(金砂)が訛り、金佐奈(カナサナ)となり、
今日では「金鑽」と書き、「かなサラ」と読むようになった。
サラの漢字も「鑽(貝の上の字が先)」から
「鑚(貝の上の字が夫)」を使うようになった。
と、あります。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その2

名前を調べてみただけでワクワク。
砂鉄?製鉄?渡来の方?
なんだろう?!

こちらは2つ目の鳥居。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その5

参道をさらに進むと。。。

右手に「多宝塔」が見えてきます。
国の重要文化財に指定されている塔です。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その3

=== 案内板より ===
金鑚神社多宝塔
金鑚神社の境内にあるこの多宝塔は、三間四面のこけら葺き、
宝塔(円筒形の塔身)に腰屋根がつけられた二重の塔婆である。

天文3年(1534)に阿保郷丹荘の豪族である阿保弾正全隆が寄進したもので、
真柱に「天文三甲午八月晦日、大檀那安保弾正全隆」の墨書銘がある。

この塔は、建立時代の明確な本県有数の古建築であるとともに、
阿保氏に係わる遺構であることも注目される。
塔婆建築の少ない埼玉県としては貴重な建造物であり、
国指定の重要文化財となっている。
云々。。。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その6

多宝塔背後から上ったところにあった神社。
なんだろう?。。。


かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その7

朱色の神橋と、


かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その8

3つ目の鳥居。


かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その9

ご神木の「旗懸銀杏」。

===
康平5年(1062)源義家奥州平定の帰路
奉賽のため植付けたもの2代目の老木で
雄木、実をつけない
云々。。。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その10

===
金鑚神社(かなさなじんじゃ)
金鑚神社は、旧官幣中社で、延喜式神名帳にも名を残す古社である。
むかしは武蔵国二の宮とも称された。
地名の二の宮はこれによっている。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その11

社伝によれば、日本武尊が東征の帰途、
伊勢神宮で伯母の倭姫命より賜った火打石を御霊代として、
この地の御室山(御岳山)に奉納し、
天照大神と素盞嗚命を祀ったのが始まりとされている。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その12

鎌倉時代には、武蔵七党の一つ、児玉党の尊信が厚く、
近郷22ヶ村の総鎮守として祀られていた。
江戸時代には徳川幕府から御朱印30石を賜り、
別当の一乗院とともに栄えた。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その13

境内には、国指定重要文化財の多宝塔や、
平安時代の後期、源義家が奥州出兵のため
戦勝祈願を当社にしたときのものという伝説の遺跡
〝駒つなぎ石〟〝旗掛杉〟〝義家橋〟などがある。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その14

なお、この神社にはとくに本殿をおかず、背後の山全体を御神体としている。
旧官・国幣社の中で本殿がないのはここのほか、
全国でも大神神社(奈良県)と諏訪神社(長野県)だけである。
云々。。。

かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その15


かなさな神社 金鑚神社 埼玉県児玉郡神川町二ノ宮 その16

こちらの門から背後、
山全体をご神体としている古い祭祀形態。
広い境内と落ち着いた雰囲気の神社さん。
歴史感も満載で楽しいなぁ。。。

これより先に「鏡岩」というのがあるらしいですから、
早速、行ってみましょうか!
GO→

つづく。。。



金鑚神社
@埼玉県児玉郡神川町二ノ宮

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