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膳城跡 ★前橋市粕川町

へぇ~、こんなところにもお城があったんだぁ、と。

やって参りました「膳城跡」です。
多いですよね?この辺り、
お城の跡が。。。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その2

こちら、
入り口すぐが「本丸」の跡地です。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その3

ほぉ~。。。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その8

堀や土塁なんかがハッキリと残っています♪

建物こそありませんが、郭の跡が分かりやすくて
当時のお城の雰囲気が伝わってきますネ★



=== 案内板より ===
膳城跡
膳城跡は、兎川と湧水による湿潤な谷地の間の
丘陵性台地の先端部に位置する。
南北約550m、東西約300mほどの範囲のなかに濠や土塁をめぐらし、
本丸の他、数区画からなる郭(くるわ)を形成している。

この城の築城年代は明らかではないが、
鎌倉時代の文書に既に「善」氏の名が見える。
しかし、この膳城に居城していたかについては明らかではない。


膳城跡 ★前橋市粕川町 その4

その後、室町時代から戦国時代にかけての文書にも
「善」氏は度々登場する。

戦国時代には、関東地方の覇権をめぐる
北条、上杉、武田の戦記物に度々「膳」の名が現る。

現在見ることのできる膳城の姿が形成されたのは、
戦国時代末期と考えられる。
特に天正8年(1580年)武田勝頼による東上州進攻の際の、
膳城をめぐる攻城戦は「膳城素肌ぜめ」として著名である。

膳城はこの戦いの後、廃城となったと伝えられる。
本丸周辺の濠、土塁等は当時の姿を良く残している。
云々。。。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その5

武田勝頼さんというは信玄さんのご子息。

付近をパトロールしていた武田勢。
ちょうどその時、膳城内では酒をあおっての内輪もめ。
混乱した膳城の兵は武田勢にちょっかいを出して。。。
(よせばいいのに。。。)
勝頼さんはこれに怒り、膳城の兵たちをやっつけてしまいます。

兜や鎧をつけずに攻め入ったところから、
「膳城素肌ぜめ」というそうです。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その6

城跡のすぐ隣には資料館がありました♪


===
前橋市粕川出土文化財管理センターと膳城北郭址
~前略~
現在、管理センターが建つ土地は、群馬県指定史跡膳城跡(ぜんじょうあと)の
北郭(きたくるわ)の一角にあたります。
管理センター建設前の発掘調査では、写真に見るような
大きな掘立柱建物址や井戸址、方形竪穴土壙と呼ばれる中世の城址に
特徴的な遺構が検出されています。
また、現在壕として復元した部分の下には、
本丸から北へ延びる、北郭の大壕が確認されました。
云々。。。

膳城跡 ★前橋市粕川町 その7

ナニゲに寄ってみた城跡でしたが、
想像していた以上に歴史深くてオモシロかったなぁ。
戦乱の世、
北条、上杉、武田といった猛烈な武将達の侵略に
翻弄されてしまう膳城。
幾度となく城主をかえて歴史を刻んで来たのでしょう♪

また来てみたい。
また来よう、膳城跡。。。



以前のお城はこちらから。
小山氏の終焉の地、粕尾城跡と赤石河原(粟野を攻めてみませんか♪その2の2)  ★鹿沼市中粕尾

膳城跡
@群馬県前橋市粕川町膳

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